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短編『何も気にならなくなる薬』その118

「田植え」
「ゲームセンター」
「キング」
「線香花火」「縫い糸」


「ほら、そんなところでゴロゴロしてないで手伝って」
「わかったよ」
「ほら、キング、早くし
て」
「その呼び方やめろよ」
「だってあんたが周りにそう呼ばせてるんでしょ」
ここはホントにクソ田舎だ。
家族で田植えをするのが当たり前なのだ。
この話をネットの友人たちに話すとあり得ない世界だと言われた。
なにせ親の仕事を手伝う子供なんていない。
あるとしても子供は自分で仕事を見つけてバイトをしている。
それなのにウチは違う。
自転車で一時間。
ゲームセンターまでの道のりは遠い。
誰よりも強くてキングと呼ばれているが、生活は至って平民だ。
どこに田植えをする王様がいるだろうか。
洋服にお金をかけず、ゲームセンターの小遣いに回す。
縫い糸が解れればまた自分で縫い直す。
これもキングらしくない。
だからせめてゲームの中だけではキングであろうと思った。
「いや、ごめんな、来月でこの店、畳むことになったんだ」
「どうして」
「そりゃ君みたいにほとんど毎日来てくれる人もいるけれど、わかるだろう」
内心わかってはいた。
ゲームの中の王様は城を失った。
「なにつまんなそうな顔してるの」
「だって、あのゲーセンなくなるんだよ」
「いいじゃない、一生かけてやるものでもないでしょ」
「そりゃそうだけど」
「ほら、花火用意したから、みんなでやるよ」
「なんでいきなり線香花火なのさ」
「しんみりしているときはこれでしょ」
じっと線香花火の先を見つめる。
しばらくしてポトリと落ちる。
いつまでも続くものじゃない。
世の中の儚さを線香花火が物語っているようだ。
「向こうにあるものがこっちにはないって思うでしょ?でも、向こうに行けばないものもあるんだよ」
最初は何を言っているのかわからなかった。
けれどもこの日、花火をしたことをネットの友人たちに話すと、向こうでは花火が出来るところなんてほとんどないそうだ。
こっちは自分が思うほど悪くない。
外で蛙が鳴いている。


美味しいご飯を食べます。