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メモ帳供養その八「美人の湯」

えー、魚亭ペン太でございます。連続投稿のおかげか、ありがたいことにいろんな反応をいただきました。こう目立つのは悪みたいなところが昔の私にはありましたが、これからはどんどん目立っていきたいなと。そんなふうに思ってますので、引き続きメモ帳供養にお付き合いくださいませ……

今回は創作落語風……

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昔の旅はガイドさんの旗に連れ立ってぞろぞろと歩き回るものではなく、代表が選ばれて旅をするというものでした。というのも旅といいますのは長いこと歩きますし、お金もたくさん必要になる。

それに昔の旅というのは参拝をするのが主な目的だったので、誰か一人がお金を預かって、それを賽銭箱の中にいれる。それで、行ってきましたという証拠としてお土産を持って帰るというのが昔の旅でした。

お金がある人はこの土産の分までお金を預けますが、そうでない人は土産話を楽しみにしているわけです。

舞台は村の代表として選ばれた若い男二人組が道中をともにしているところになります。

太郎「なぁ、兄弟、そろそろ休むのはどうだい。こうして旅をできるのは嬉しいが、こうも歩くとは思わなかった。お前に道を任せたらどこに行くかわかったもんじゃないな」

留吉「うん、そうだな、道はお前さんに任せるよ。じゃあ、ここいらで休むとしよう。ほら、あそこに旅館があるわな」

番頭「どうも旅のお方、お二人でよろしいですか」

「おい、怖いこと言うなよ、後ろに誰かいるのかい」

「いえ、あとから来るということもありますから」

「嫌だねぇ、そんな三人も四人も連立ったら村の方は干上がっちゃうよ」

「それはそれは失礼しました。すぐお部屋に入りますか」

「なんだい、寄り道するようなところでも」

「えぇ、このあたりには秘湯がありまして、とくに美人の湯ともなるといいところでして」

「なんだいその美人ってのは」

「そりゃきまってるだろう。美人が浸かってる湯だな」

「そりゃいいや、美人さんを拝めるなら是非とも行きたいもんだね。で、それはどこにあるんだい」

「あちらの杉の木の横に看板がありましょう。あの小道をぐっと進んでもらえれば美人の湯ですよ」

「おう、そうかい、ありがとう。さっそく言ってくらぁ……っと、この看板だな」

「この先に美人がいるってことだ」

「女の人がこっちに向かってくるな」

「いうほど美人でもないが」

「きっとあれだ、あんまり美人が浸かってるもんだから、気後れして引き返してきたんだろう」

「目を合わせちゃいけないな、ささ、早いところ行っちまおう」

「今度は男がこっちに向かってくるな」

「えらく美形な男だ。役者さんかね」

「これはあれだな、最初は女だと思われてたが途中でバレて出てきたな」

「顔に似合わず助平ってわけか」

「人は見た目じゃわからんからな。ささ、早いところ行っちまおう」

「あんなところに狐がいるぞ」

「きっとあれだな、獣が入る湯はいい湯だな。あの狐も美人に違いない」

「狐に美人も何もあるのかい」

「そりゃあるさ、人に化けるときはさぞ美人だな」

「化かされるのは怖いからな。ささ、早いところ行っちまおう」

「やっとついた」

「いや、それなりに歩くもんだな」

「まぁ、いい汗がかけたと思おう」

「おい、みろよ、あの後ろ姿」

「なかなかの美形じゃないかい」

「しかし、毛深いね」

「髪が長いんだろう」

「こっちに気がついて湯から出て行っちまった」

「ありゃ逆上せたな」

「どうして」

「ほら、尻が真っ赤だ」

「あぁ……ありゃ猿だ」

「あっちにや、ふくよかな人が浸かってる。頭の上に手ぬぐい載せて、粋な人だね」

「木の葉の模様だな。多分ありゃ狸だろ」

「どうだか、声をかけてみよう。へぇ、こんにちは、どうも、いい湯加減ですか。ご一緒しても?」

「あぁ、どうも、ここは混浴ですから、遠慮なさらず、こんなおばさんがご一緒で申し訳ないですけれど」

「いやぁ、そんなこたぁないですよ。えぇ、華があるってのはいいことですよ。ここで盆に酒とくればなおいいですがね」

「あら、そういうことならご用意してまして、誰か来たらご一緒しようかと思ってたんです。けれども動物ばかりが見えますから」

「あら、奥さんやっぱり粋な人だったね。こりゃいい湯だね。なぁ、兄弟?」

「うーん、いい湯加減」

「ありゃ、もう逆上せたのかい? ほら、お前は先に宿に帰ってなよ。俺は奥さんとしっぽり呑んでるから。落ち着いたらつまみでも持ってきなよ」

それから留のやつが帰りまして、太郎と奥さんのふたりきりで、雰囲気も酔もいい感じに……

「あら、お客さんもうお帰りですか」

「うん、のぼせちまったんで先に帰ってきた。なんでも女の先客がいて仲良くやってるよ」

「珍しいですね、人の客がいるなんて」

「そりゃどういうことで?」

「美人の湯というのは名ばかりで、動物も浸かりにくるような秘湯ですから、女性一人というのはちょいとおかしいなと思いまして」

「いやね、ありゃ美人じゃないよ。多分たぬきじゃないかなと思ったんだけど、胸から下は見えないからわからないんだな」

「いや、狸は寄り付きませんよ」

「どうして?」

「なんでって、コン浴ですから」

「ばか言ってんじゃないよ。土産話がお通夜話になっちまう。助けに行かないと……」

杉の木の横を過ぎまして湯へつきますと、いまだ一人だけ湯につかってますから湯けむり構わず留吉が声をかける。

「おい、太郎。化かされて逆上せてないか。ありゃ、どこ行っちまったんだ。あっ、おい、こんなところに溺れてる。しかしお前随分と毛深くなったな」

「それ、私の尻尾です」

「あれ、太郎のやつどこいった? ちょっと、おねぇさんここは美人の湯だよね?」

「あら、美人だなんて嬉しいわ。あなたもこっち側ですのね」

「こっちがわ?」

「だってここ、醜女の湯ですもの」

美味しいご飯を食べます。