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コロナ禍でオフパコする人を晒し上げるか否か

結論は否である。

ただ、選択肢として、この期に及んでオフパコする人を晒し上げてもいいんじゃないかと思える。濃厚接触だ、外出自粛だ、適当に理由を挙げて、オフパコ=悪、自分=正義の構図を作ることぐらい簡単だ。

自分が正義(と思い込んで疑わない)なのだから、やっていて気分がいいはずだ。勧善懲悪だ。でも、それをする気が起きない。なぜだろう。

①面倒

誰かに喧嘩を売らないといけないんだが、面倒だ。論戦になると双方の主張が平行線になって終わり。時間の無駄だ。

②僻み

自分ができないセックスを他人がしているからむかつく、だから叩くという発想は、自分があたかも他人よりも劣っていることを悟られたくないからなので、わざわざ自分から問題提起しなくてもよいではないか。恥ずかしい。

③心の貧しさ

このせっかくの自粛期間に、読書とか、趣味とか、他に勤しむことがないのか。自粛でセックスができない=自分が不幸だと考えるのが、なんとも心が貧しい人間だと思える。自粛とセックスをつなげること、セックス以外につなげられないことがなんとも馬鹿馬鹿しく思える。

目に見えるものへの貧しさは、目に見えるものによって解消される。しかし、心の貧しさは一生解消できるものじゃないだろうし、そもそもそんな概念すら持たない人だっているだろう。気持ち次第で、改善ができるし、今できる改善法が自粛期間のオフパコに目くじら立てないことになるんだろう。

☆でも

twitter、ネット上には会話のキャッチボールができない馬鹿がいる。その馬鹿どもが自粛警察となり、正義をふりかざしてわめきちらすとどうなるのか、少し気になる。

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