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COVID-19 其れは犬も食わず

・6年間付き合った女と別れた。

「あなたとの未来が見えないの。私はもっと自由な20代を過ごしたかったの。」

と狭い車内で言われた。
外は雨で夏がもうすぐ終わる予感がしていた。
虫の声がだんだんと消えていった。

車内のステレオからはクリープハイプが流れ、尾崎世界観が今日はやけに五月蝿かったので男はボリュームを下げた。

運転席に座っている男は続けて煙草に火をつけて窓を開け夏に受動喫煙をさせた。
助手席に座った女は少し煙たそうにして噎せた。

「私が煙草嫌いと言っても辞めなかったよね」

女の口調がどんどんと尖り始める。
心が離れていく口調に変わる。

男は女を愛していた。酷く愛していた。
愛していたが故に不安にもなった。
劣等感を引き摺って歩き回った男だったので
自分がこんなに素敵な女性と交際して良いのだろうかと6年間考え続けた。
彼女を愛す自信はあったが、自分を愛す自信がまるで無かったのだ。

気づけば煙草はフィルターギリギリまで差し掛かっていた。
男はドリンクホルダーに備え付けた筒状の灰皿に煙草を揉み消し泣いた。

ただただ静かに泣いたのだ。

「私ね、あなたと別れて大阪に行くの。大阪に行ってまた一から色々なことをやり直したいの。」

女の目は希望に満ち溢れていた。そんな目をしていた。
6年間連れ添ったのだから目の輝き一つで女がどんな感情になっているのか手に取る様に分かっていた。
分かりたくなかった。理解したくなかった。

女の目とは対照的に男の目にはモヤがかかったようだった。
まるで大切な人と死別したような絶望が溢れ出した目をしていた。

この狭い車内で何度「考え直してくれないか」と言っただろう。何度「別れたくない」と言っただろう。
それでも女の意思は硬かった。

クリープハイプのアルバムが3周目を終えた頃。
雨が上がり 夏が終わった。
3回聞いた 憂、燦々が耳にこびり付いて離れなかった。

離さないでいてくれるなら なんでも叶えてあげる。から。

尾崎世界観の言葉が妙に心に突き刺さった。

「わかった。今までありがとう。」

男は遂にその言葉を口にした。
遂に6年間の夏を終わらせた。
女もその瞬間に、泣いた。
綺麗にしていたメイクなんかお構い無しにただただ泣いた。

"さよならって言ったのは君なのに なんで泣いたの?"

クリープハイプを聞いているのにRADWIMPSの歌が頭を過ぎって可笑しくなってしまった。

365日を6回
1年 8.760時間
6年 52.560時間の恋愛が終わった。

何度 愛を伝えれただろう。
何度 身体を重ねただろう。
何度 手を繋いだだろう。
何度 女の名前を呼んだだろう。

男は頬に流れた涙を服の袖で拭き取りハンドルを握った。
そして、ギアをPからDに変え アクセルを踏んだ。

車は女の家へと向かう。2人はその道中
まるで時間が止まったかのような今まで経験したことのないような重力以上の重い空気に堪えた。

2人は無言のままだ。

女の家まで残り100メートルといったところで
先に口を開いたのは女だった。

「6年間。本当にありがとう。頑張ってね。」

女な俯きながら男にそんな言葉を放った。

「うん。お互いにね。」

男はまた涙を流しそうになったが堪え運転だけに意識を集中させた。

女が助手席の扉を開き 降りる。

「バイバイ」

もう二度と彼女の口から聞けない言葉を今聞いてしまった。
男の返答も待たず女は車の扉を出来るだけ優しく閉めて家へと姿を消した。

クリープハイプのアルバムがまた最後の曲に差し掛かった。
尾崎世界観は次にこんな言葉を歌い出す。

"後悔の日々が あんたにもあったんだろう。
愛しのブスがあんたにもいたんだろう。
愛なんてずっとさ ボールペンくらいに思ってたよ。
家に忘れてきたんだ。ちょっと貸してくれよ。"

相当な馬鹿は男の方だった。
女が離れた瞬間に6年間の出来事がまるで走馬灯のように頭の中を駆け巡り そして、消えていった。

雨で見えにくかったはずのフロントガラスが
今度は自分の涙で見えにくくなるなんて想像もしていなかった。

男は馬鹿だ。大馬鹿だ。
自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしていた。


女と別れてから数週間が経った。
今頃 女はどうしているのだろう。
元気にやっているのだろうか。
自炊をしているのをあまり見たことが無かったからちゃんと食べているのだろうか。

そんな事ばかりを考えて日々をすり減らし生きていた。
そんな中 男の友人から一本の着信が入る。

「聞いて驚かないでくれよ。」

男の友人は開口一番に男にそう伝え ゆっくり丁寧に話を始めた。

「お前の元カノ プレステ4のファイナルファンタジーのオンラインゲームで知り合った男と付き合ってるぞ。Facebookで見た。その男が大阪に住んでたんだよ。」

男は何も言わずにその電話を切る。

そして、一度目を瞑り 深呼吸をした後
誰も居ない自室でゆっくり丁寧に小さく呟いた。

「俺がクリスマスプレゼントに買ったプレステ4とそのソフト…」

尾崎世界観よ。愛なんてボールペン以下だ。
愛というダンジョンも達成出来なかった。
馬鹿野郎。

男の愛はファイナルファンタジーになった。

・箇条書きだと何事も楽に書けるから箇条書きでnoteを書き始めてみる。馬鹿野郎。

・一昔前、好きなグラビアアイドルがいた。
水沢柚乃という女の子だ。彼女の友人と俺は友人で
「会わせてあげよっか?」とたまに俺に聞いてくるのだが 俺はそれを断固拒否している。
なんなら会いたくない。会ったところでどうしろというのだ。困るのは水沢柚乃だけじゃない。俺だって困る。

そんな水沢柚乃になんとかTwitterでだけでもアピールしようと考えた時期があった。
彼女が何かツイートする度に「本当にありがとうございます」と必ずリプライをした。
急に現れた"本当にありがとうございますおじさん"を彼女は無視し続けた。当たり前である。

こうなれば俺 vs. 水沢柚乃の戦い。負ける訳にはいかない。

いつ如何なる時も俺は水沢柚乃に対し 「本当にありがとうございます」と送り続けた。
すると水沢柚乃から徐々にいいねを貰えるようになる。俺は嬉しくなり もっと本当にありがとうございますが言いたくなる。水沢柚乃がいいねをする。
俺はもっと嬉しくなり もっともっと本当にありがとうございますとリプライをする。

すると、遂に水沢柚乃からリプライが来る。

「いや意味わからんくて草」

俺はもっともっともっと本当にありがとうございますと言う。

そんな戦いがTwitter上でひっそりと行われている最中 水沢柚乃がツイキャスという配信アプリで配信を仕出した。
迂闊にも寝ていた為 たったの5分しか滞在が出来ず
それでも尚、これはチャンスだと思い一応謝罪をした。

「意味もなく 本当にありがとうございますとリプで言い続けてすみませんでした」

水沢柚乃は笑いながら
「全然気にしてないからいいよー!」と電波に乗せて俺に言ってきた。

水沢柚乃さん こんな文章読んでるわけがないと思いますが 本当にありがとうございます。

・COVID-19 が 街を侵食している。国を侵食している。そんな中 日本の笑いを牽引し続けてきたキングが死んだ。芸能界も国も誰もがキングの死を受け入れられずに悲しんだ。
キングが人生を賭けて笑わせてくれた国民達が今
その笑いの倍 以上の悲しみを背負って生きていくことになってしまった。
病気で死んで 尚且つ それでもキングの座は未だ彼が座っている。

本当に変なおじさん。だ。