守護神の変遷
「変遷」と書きましたが、守護神、守護仏
というものは、想念によって変わって行く
ものなのです。
仏教の仏、神道の神、キリスト教の聖者、
数多の守って下さる方々がいます。
それぞれ違う世界にいる高い波動(高エネルギー体)です。人間がどのような姿形を想像するかによって呼称が変わるだけです。
ただし、メインの方は変わっても、守護
そのものは変わりません。縁は薄くなっても
切れることはないのです。
こうした存在は静かに見守っていてくれます。いつも背くのは人間の方です。
これは最近知ったことですが、神社に
行ったら「お願い」をした方がいいよう
なのです。
私は個人的な現世利益は祈念しないことに
していました。感謝の念だけ神社には置いて
きています。
しかし、神様は見守る存在で、生きている
人間の自由意志を尊重しますので、頼みも
しないことに手は出しません。
お節介は焼かないということです。
従って、努力と工夫で解決出来ないことは
神様にこちらからお願いすべきなのです。
他人に迷惑をかけるような邪な願いでなければ、大抵叶えてくれます。他人のためになるようなことだったら尚更叶えてくれます。
私の産土神は八幡様です。八幡様はお社の
数が多いので、必然的に産土神になる方が
多いと思います。
しかし、私の場合、出生した場所のすぐ傍が
八幡宮で子供時代を過ごしたT市のアパートも八幡宮の近くだったのです。地名まで八幡(やはた)です。そして今また八幡様の治める土地に住んでいます。
産土神が鎮守神になりました。
その後は天照大御神におすがりしました。
守護神とは違いますが守護霊(指導霊)は
二人の禅僧です。(この方々は役目を終え
お帰りになりました)
成人してからはずっとお不動さんです。
キリスト教の天使や聖人にも縁がありますがはっきりとこの方というのは分かりません。例外的に分かるのは聖アンデレと聖カテリーナ、ルシファーだけです。
今は医薬守護神社にいらっしゃる水波女命
様がメインです。また同神社に鎮座される
他の四柱の神様もご縁があります。
仏様はお不動さんから大日如来さんに変わっています。(仏教の教義上は同じ存在)
私の大して長くもない今までの人生でも、
これだけの御加護があるのです。
人生で人と出会い、別れる。大切な存在は
別れても心の中にいるものです。
神様、仏様も同じですね。