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早朝の京都を歩いてたら、すっぴんでテレビに出ることになった話。

「京都の紅葉、久しぶりに観たいなあ」
「いま観光客も減ってるっていうし、チャンスみたいだよ」

そんなわけで2ヶ月前の紅葉シーズン。私たちは京都へ旅行に行くことに決めた。夫や息子、義母もいっしょだ。

久しぶりに観た京都の紅葉は、それはそれは、綺麗だった。
私の住む東京の紅葉も綺麗だと思っていたけれど、京都は圧倒的に迫力が違う。数も違う。全力で魅せにきてる!

しかし、紅葉よりもっと多く感じたのが、だった。
「本当に観光客が減ってるの?」と疑ってしまうほど、有名な紅葉スポットにはスマホを携えた人でごったがえしていた。
もちろん、私だってその1人だ。

それに、駆け回る4歳と6歳の息子たちを追いかけたりしていると、紅葉を堪能するどころじゃない。

「せっかく京都に来ているのに、
なんだか思ったよりも紅葉を楽しめないなぁ。
でも子供もいるし、仕方ないか」

1日が終わると、ぐったり。とにかく疲れを取ろうと、早く寝た次の日。
私はふと、朝5時半に目が覚めた。

朝ごはんまであと3時間もあって、とっても暇。そこで思い出したのだ。そういえば京都で「朝観光」が流行ってるというニュースを見た気がする。
もしこの近くに、朝から開いている神社があったら、散歩しに行ってみたい。

私はさっそく、スマホを開いて検索してみた。

京都 観光 朝 

朝から参拝できる神社やお寺のリストが出てきた。
すると偶然にも、旅館から徒歩9分のところにある「平安神宮」が、あと30分で開門することがわかったのだ!

どきどきどき

布団の中で、急に胸が高鳴りだす。
どうしよう、行っちゃう?布団から抜け出して、散歩に出かけちゃう?

隣を見ると、息子たちも夫も義母もみんなすやすや寝ている。行くとしたら今だ。まだみんなが起きてこないうちに。

私は意を決して布団を出て、そうっと旅館の浴衣を洋服に着替えた。まだ本格的に寒い時期ではなかったけれど、コートを着て、マフラーを巻いて、防寒対策もばっちり。

ぬきあし、さしあし、しのびあし・・

息子と忍者ごっこをする時のように、極力静かに、音を立てないように、畳を歩いてドアの方向へと向かう。ドアをすーーーっと閉めると、少しほっとする。よし、誰も起こすことなく、外に出ることができた。

旅館のフロントにいたお兄さんに声をかけ、玄関を開けてもらう。「行ってらっしゃい」と送ってくれた。

旅館の外に一歩出ると、ひんやりとした早朝の京都の未知の空気が、顔や手に触れる。でもコートの中は、さっきまでの旅館の空気がまだ残っているようで温かい。

外はまだまだ暗かった。

日中はあんなに人が多かった通りが、だあれも人がいない。たまにすれ違うのは、地元に住んでいる人だろうか、バイト帰りの人だろうか。旅館の前を通る車のライトが、ぎらぎらと輝いて見える。もう大人とはいえ、知らない街を暗がりの中歩くのは、ちょっとドキドキした。

息子たちを置いてきてしまったので、なんとなく悪いことをしているような気持ちにもなった。でもやっぱり、ひとりで京都の朝を散歩する、わくわくする気持ちのほうが勝った。

平安神宮まで歩く道のそばには、川があった。川沿いを歩くと、大きめの水鳥か何かの「キキキッ」という鳴き声がする。私は少し薄気味悪くなって、足早にその道を歩いた。
あとで知ったことだが、ここは動物園だった。そのときに気がついていたらもっと怖かったに違いない。

私は周囲を警戒しながら、足早に歩いていった。徒歩9分ほどで到着する道のりだったが、体感では20分ほど経った頃だろうか。平安神宮の大きな門がみえてきた。ふう、やっとついた。

暗闇の中にたたずむ、どっしりとした平安神宮の門。昨日の人混みがうそのように、あたりの雰囲気はしーーんとしている。荘厳さが相まって、やっぱりちょっと怖く感じる。

開いているのかな、と不安になったけれど、ライトがついていた。そして真ん中までくると、門が開いているのがわかる。よかった、なんとか中に入ることができそうだ。

すると、その門の正面で、観光客のような女性ふたりがいるのがみえた。

「あの人たちも朝のお参りにきたんだなぁ、朝早いのに」
私は自分と同じような女性がいることに、少しだけほっとした。

そうして神社の門をくぐる。ひんやりと、すがすがしい空気を、体いっぱいに感じる。がらんとした境内には、私ひとりだけ。この人気の観光シーズンに、なんて贅沢な空間なんだろう。

私はひんやりして神聖な空気を大きく息をすいこんで、伸びをするような気持ちになる。広々とした神社を360度ぐるっと見渡した。

そのとき、左後ろのほうから、さっき門の前で見かけた女性ふたりが、私のほうに走ってくるのがみえたのだ。

私のほうに、というのは勘違いかもしれない。私はふたりの視線の先にあるものが他にあるのではと、念のため周りを確認した。でもだれもいない、何もない。どう考えても、女性たちは私をめがけて走ってくる。

この時が止まったかのような静寂な朝の空気の中で、2人のスピード感は明らかに異様だったまだ空は薄暗くて、ひとけのない神社の中だ。女性とはいえ、何かされちゃうかもしれない。ちょっと怖い。

咄嗟に「逃げよう」と本能が働いた。

でもここで逃げるのは、自意識過剰かもしれない。私が急に走りはじめたら、彼女たちも追いかけてきそうで、鬼ごっこみたいになりそうな気さえした。

(大丈夫、きっと道を聞きたいだけだ。私以外、他に聞く人がここにはいないわけだから)

瞬時の葛藤の末、私は小さな覚悟をきめた。そして何も意識していないようなふりをして、前を向き直す。お賽銭箱の方向に、ゆっくりと足を動かした。女性たちが私のところへ、足速に近づいてくる音を背後に感じながら。

「すみませーーん!」

すると案の定、すぐに女性のひとりが駆け寄りながら、私に話しかけてきた。もう片方の女性も、あとから追いかけてくる。

年齢は私と同年代くらいだろうか。そのとき私が着ていたベージュのチェスターコートと同じようなコートを着ていたのと、背丈も同じくらいだったこともあって、近くで見たら不思議と警戒心はそこまで感じなかった。
だいたいこんな朝っぱらに同じ場所にいること自体、なんだか親近感を感じる。

いったい私に何の用があるんだろう。

「あっ・・はい・・?」

「地元に住んでいる方ですか?」

「ああ、すみません。私はここら辺には住んでいなくて・・」

道を聞かれると思った。京都の地理にはまったく詳しくないことを、私は手短に伝えた。

「へえ、そうなんですね!ちなみに、どこからいらしたんですか?」

「あっ、えっと、東京からです」

「東京!」

あれ?なんだか相手が妙に嬉しそうだ。
都会に憧れてる人なのだろうか。(きっと違う)

「観光ですか?いつ、いらっしゃったんですか?」

「はい、観光です。おととい来て、でも明日で帰っちゃうんですけど」

女性ふたりは顔を見合わせて、何かを確認したような表情をした。
ん?なんだ?
すると、話しかけてきたほうの女性がこう切り出す。

「すみません、実は私たち、日テレの者なんです。よかったら少し、インタビューさせてもらえませんか?」

ええええええええ!!!???
この女の人たち、日テレの記者だったの!?どうしてここで?なぜ私を?
思いがけない展開に、頭の中に「びっくり」と「ハテナ」マークが大量に浮かぶ。私は何も言葉が出ず、「ふっ」と笑うことしかできない。

「じつは今、京都に観光に来ている方にインタビューさせてもらっていて。とくに朝観光している方にお話を聞きたいと思っていました」

ああ、なるほど。なんだか面白いことになりそうだ。私は「はい、いいですよ」と返事をした。
私も仕事で人に取材することが多いので、早朝から仕事でこの場所にいる、同年代の女性に協力したいという気持ちもあった。

・・・しかしここで、重要なことを思い出したのだ。
今朝、私は化粧をしていない。つまり、

すっぴんだった。


もちろん髪だって、寝起きのボサボサ髪をただ後ろに結んだだけ。
テレビの取材を受けるのは、初めてのことだ。そんな人生で1度あるかないかの機会に、すっぴんで映ってしまう・・・。ガーーーン。

「あのっ、すみません!
ちょっとあの、リップだけ塗らせてもらってもいいですか?」

昨晩カバンの中に、血色がよく見えるオレンジのリップを入れたはずだった。グッジョブ昨日の私!
せめても、ということで、スマホの自撮カメラを見ながら急いでリップを塗る。その間、女性はカバンからカメラを出し、てきぱきと撮影の準備をした。

「それでは私の方を見ながら、自然に話してくださいね。
今日は、どこから来たんですか?」

カメラマンの女性は、3脚を手持ちしながら、私にカメラ越しに質問した。まだリップの乾き切らない唇をあわてて動かし、私はさっそく答えようとした。
すると「あっ」と何かに気づいた様子で、女性は一瞬手を止めたのだ。

「・・ごめんなさい!マスクしてもらえますか?」

今、リップ塗ったばっかりなのに・・!!笑
カメラマンの女性は、ほんとうにすみませんという風にそう言った。きっと放送する上で、そのほうが都合が良いのだろう。すっぴんだったから、むしろマスクで顔を隠せるのは助かった、と私は思い直す。

気を取り直して、平安神宮をバックに撮影がスタートした。

「どうして早朝から、観光しているんですか?」

「このあいだ、ネットで『京都は朝の観光が流行っている』というニュースを見て、たまたま今朝時間があったので来てみました」

「実際に来て、どうですか?」

「ちょうど紅葉シーズンっていうこともあって、日中はどこも人でいっぱいだったんですが、早朝だとこんな風に静かで誰もいなくて、気持ちがいいですね」

「日中はやっぱり、人が多かったですか?人の多さはどんな感じでした?」

「そうですね〜。ちょっと手をのばせば、他の人にぶつかってしまうくらい、人混みがすごくて。とくに紅葉で人気のスポットは、紅葉じゃなくて人を見に行くような感じでしたね(笑)」

早朝だったけど、私のほうも仕事スイッチが入って、意外とすらすらしゃべることができた。その後も京都の混雑状況や、数年前に京都に来た時との比較、旅館など観光施設の感染対策についての質問が続く。私はできる限り、「コメントの撮れ高がよくなるように」考えながらしゃべった。

「もしよかったら、参拝するところも撮影させてもらえませんか?」

おお、私なりにけっこういい仕事ができてるのかな!?
もちろん、という風に私は快諾をした。

承諾したものの、私が歩く後ろからカメラがついてきて、お賽銭箱の前にある階段をのぼるのもギクシャクしてしまう。
お賽銭を入れて、2回お辞儀をして、手をパンパンと叩く。この流れで合ってるっけ?どんな顔でお参りすればいいんだっけ?お参りより、左横にあるカメラの気配がずっと気になる(笑)

私はふだんは取材する側だけれど、取材される側の立場も、けっこう大変なもんだなと思った。


そうして無事、お参りを終えて、階段を降りた。
先に階段を降りて待ちかまえていたカメラマンが、また私に問いかける。

「どうですか?たぶん今朝一番乗りだと思うのですが、お参りしてみて、改めてどんな気持ちがしますか?」

「やっぱりいいですね、なんかこう、夜明けのすがすがしい感じが。誰もいなくて、荘厳で。人が大勢いると、次の人のことが気になってゆっくりお参りできないことがあったりするので。思い切って来てみて、よかったですね」

私は歩きながらそう答えた。横から同じ速度で、カメラマンが歩きながら撮影する。さっきより少し慣れて、落ち着いて話すことができた。こういう画角、ドキュメンタリー番組とかで観たことがあるぞ。

気づけば、薄暗かった空が、明るくなっていた。私は思いがけなくひと仕事終えたような、すっきりした気持ちで満たされていた。

「はーい、これで終わりです。ありがとうございました」

女性記者は撮影を終えると、私に名刺を渡し、次の日が番組の放映予定日であることを教えてくれた。番組名は「バンキシャ!」だった。ふだんあまりTVを観ない私でさえ知っている、有名番組だ。しかもまさかの、

全国放送だった。


「撮影させていただいたものが、実際に放映されるかはまだわからないんですけど」と女性記者は付け加える。
全国放送に私のすっぴん・・呆然としながらも、とにかくこの場で同年代の人たちに協力できたことはよかった、と私は思った。それに旅館に帰ってから、みんなに話すお土産話ができた。

時計をみると、朝6時40分。
思いがけない展開がちょっと面白くて嬉しくて、平安神宮の前にあるセブンイレブンでコーヒーを買い、ゆっくりと歩きながらそれを堪能した。

旅館に帰ってから寝ぼけ眼の夫と息子に「今まで平安神宮に行っていたの」というと「!」と驚いてくれた。さらに「テレビの取材も受けちゃったの」といったら「!!??」という顔をしてくれた。

ふふふ、作戦成功。


次の日。私たちは京都から、東京の家に帰った。バンキシャ!が放映される時間にちょうど、帰ることができた。

「ママ、テレビに映るかなぁ」

みんなでドキドキ・そわそわしながらテレビの前で待ち構える。恥ずかしいので両親や妹と、仲の良い友達だけにこのことを伝えていた。

すると始まった、京都特集。きたきた、これは、いよいよか?
いくつか最近の観光トピックが紹介されたところに、うわぁ映った!映ったぁ!!

「これ、だあれ?」
「ママだー!!!」
「うける!」

息子たちも夫も大興奮。

マスクで思ったより顔が隠れてくれて、よかった。
寝起きだから鼻声だけど、ちゃんとしゃべれててよかった。
何より使ってくれて、よかったぁぁぁぁ!!!

そんなこんなで、私のすっぴんテレビデビューが終わったのだった。

早起きは三文の徳というけれど、まだ誰も吸っていない新鮮な空気を吸え、人混みを避けられ、こういう思いがけない面白いことが起こるのは、朝観光の醍醐味だと私は思った。

また京都へ行ったら、朝散歩してみよう。つぎは、息子もつれて。ちゃんとメイクも忘れずに(笑)

小森谷 友美
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