見出し画像

タクシーが走る。

平日12時55分頃。

その日もいつもと同じ様に1人きりで飯を食い、公園のベンチで読書をしていた俺のスマホが鳴った。

着信元は子供の小学校だ。

電話に出ると長男の担任で、
給食中に長男が倒れて意識が無いと言う。

一瞬で頭が真っ白になりかけるも、まだ駄目だ、やることやってからにしようと冷静モードも同時に発動する。
とにかく早く学校に来いということらしい。
会社から学校へは1時間はかかる。
妻も仕事をしているのですぐには難しい。
母親に電話すると今日は休みで家にいるとのことだったので、事情を話して先に言ってもらうことにする。妻の勤務先に電話し、妻に繋いでもらう。妻を動揺させないように淡々と担任に聞いた話をし、今から自分も向かうこと、妻にもできる様であれば仕事を切り上げて学校へ行けないか確認してほしいことを伝える。上司に早退する旨を伝え、チームメンバーのチャット宛に早退の旨を連絡しつつ電車に乗る。
電車に乗りながらスマホで考えうる可能性を検索する。てんかん、と言うワードがトップに出て、覚悟する。
自宅の最寄駅に到着し、学校に再度電話。
私の母親、息子にとっての祖母と妻が先に到着し、救急車ですでに病院に行ったので、学校ではなく病院に行ってあげてほしいとのこと。
駅前のタクシー乗り場に行くと、何も無い、おそらくこの鉄道の沿線では一番乗降客の少ないであろう街の駅前にふさわしく、平日の午後に暇そうに車内で運転手がぼんやりしているタクシーが一台停まっていた。
後部座席のガラスを軽く拳で叩くと、運転手が慌てたように身を起こして後部座席のドアを開けた。乗り込むなり
「××病院まで」
とだけ告げると、私の様子から何かを察したのか運転手は何も言わずにアクセルを踏んだ。

タクシーはスピードを上げ、
私は流れる窓の外を見ながら、息子のことを考えた。
途中、何度か後方からクラクションの音が聞こえ、やや身体が揺れる様な車線変更があった。
到着した病院の前で私はもどかしく財布から現金を出して支払うと、例もそこそこにタクシーを降りて入り口へ急いだ。

結果的に息子に異常は見つからず、
寝不足や偏食による栄養不足の疑いが一番強かった。母には頭を下げ、妻とはぐったりした顔を見合わせ、ただ1人、今や元気な様子の息子と帰りのタクシーに乗った。

自宅の前でタクシーを降り、運転手に支払う段階で、往路のタクシーよりもだいぶ高いことに気がついた。
行きのタクシーの運転手は、私の様子から急いでいると察して相当スピードを出していたのでは無いか。何度か聞こえたクラクションや、身体が揺られた車線変更は、私のためのものだったではないか。

タクシーから降りると、後部座席のドアが閉まり、またタクシーは次の乗客を乗せるために走り出す。
その乗客が、どこへ、何のために、どんな思いで乗るかを知らずに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?