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100日後に散る百合 - 62日目


相変わらず、私はお弁当を作ってきたご褒美に、頭ナデナデをねだった。

「キスじゃなくていいの?」

「それは咲季がしたいだけじゃないの?」

咲季の腕に抱かれ、すべてを委ね、頭に触れる咲季の手の感触を味わう。

「萌花は、キスしたくないの?」

「…………そんなこと言ってない」

「あはは」

いつものように少し笑って、そして軽いキスをしてくる。

「可愛いよ、萌花」

「いちいちいいから、そういうの」

キスをすること自体はある程度慣れたけど(いや慣れてもないか)、やはり咲季相手だといつだってドキドキする。

でも、心臓が高鳴っても、それは少し嬉しく思える。

「ご褒美にキス要求したら、なんか事務的じゃん」

「そうかなあ」

「そうなの」

頭を撫でられるようになって気付いたのは、私はお母さんと咲季を少し重ねている部分があるということだった。

生前のお母さんは、私を褒める時によくこうしてくれた。料理の手伝いした時、買い物に一人で行けた時、マラソン大会でちゃんと走り切った時。私は何かに優秀な子供ではなかったけれど、私のことを努力とか頑張りを認めてくれることがとても嬉しかった。

咲季は咲季で、こんな空っぽな私を好きだと言ってくれるし、お弁当だっていつも美味しい美味しいと食べてくれる。

ご褒美のナデナデというのは、愛情表現でするようなキスとは少し違うような気がして、私はやや意固地にもなりつつ、咲季にそうしてもらうのだった。

「ん、もう、いいよ」

「わかった」

咲季の腕が解かれる。

ここ最近の天気は結構ぐずついていて、気温はさして高くない。今日も雨が降るのは時間の問題だと思う。

「あ、さくらんぼあるの忘れてた」

ランチバックの中を覗いて、タッパーの存在に気付き、取り出す。

うちは基本的に料理の買い出しだけ私が行って、それ以外の買い物はいずみさんがする。お菓子とか、飲み物とか、フルーツもいずみさん担当だ。このさくらんぼもいずみさんが買ってきた。

咲季がひとつ食べる。

「んー、美味しいね。さすが一斗リリ先生のチョイス」

「ね。私、国産のよりアメリカンチェリーの方が好きだけど、これも同じくらい甘い気がする」

「そういえば、一斗先生の新刊、ちゃんと発表されたよ」

あー、なんかそんなこと言ってたな。

「そうなんだ。発売いつだっけ?来月くらい?」

「うん、8月のー、5日かな」

「えー、そっか、もう夏だね」

「だね」

「進級してからまだ全然経ってない気もするし、逆にすごい長かったようにも感じる」

長く感じるのは、きっとここ数か月で色々なことがあったからだ。時間の流れが早く見えている。

「そろそろ、付き合って1か月なんだ」

「あ、萌花ってそういうの気にする方?」

え、嘘。1か月で浮かれてるの私だけなのか?

「あー、いや、私も気付いてたけどね」

咲季の手が触れる。

「けど、記念日とかそういうのよりも、萌花といる一日一日を大切にしたいんだ」

「…………そっか。えへへ、嬉しい」

「でも、今度家に来るのは、記念日デートってことでいいんじゃない?」

今週末は、この前咲季に誘ってもらった演劇を観に行くことになっていて、その流れで咲季の家にもお邪魔することになっている。

「うん、楽しみにしてる」

特別、何があるってわけじゃないけど、大切な日を大切な人と過ごしたい。

「咲季は、慣れた? こっちの生活」

「まあまあかな。慣れてないのは、駅のエスカレーターの立ち位置が違うことくらい?」

西と東で違うって言うしな。

「ていうか、いかにも地元の人みたいに言ってるけど、萌花だってこっちに来たのは1年前なんでしょ? 」

「まあね」

「けど、その割には風薇ちゃんと結構仲良くない?」

ん、なんで風薇の話が出るんだ。

「どうして咲季が風薇のこと知ってんの?」

「いや、だって、この前来たじゃん。ここに。あの時はすぐどっか行っちゃったけど」

あー、初めて咲季とここでお昼を食べるようになった日だ。風薇がキッサを追いかけて来てばったり会ってしまったのだ。

「それでこの前インスタのDM来て、『モカのこと、よろしくな~!!』って」

「そ、そか」

風薇にインスタのことを聞いて以来、私もアカウントを作って咲季をフォローした。「萌花がインスタやるなんて思わなかった」と咲季に言われたし、実際他にフォローする人もいないので、本当に私は何のためにインスタを始めたのだろうと疑問しかない。

咲季のことが好きだからフォローしたけど、この人は私の彼女なので、投稿なんか見なくたっていいのにね。

「それで風薇ちゃんが言ってたけど、萌花って最初不登校だったの?」

「は、え、風薇そんなことまで言ってんの!?」

「あー、ごめん、聞かない方がよかったかな?」

「そうじゃないけど」

「いや、風薇ちゃんも『そういうことあったからモカのこと支えてやってくれ、なんかあったら相談乗る』って言ってくれてね?」

「あー、もうあいつは。本当そういうとこ……」

まあ、風薇のことはいいか。いやよくないか。どんだけDMで話してるんだこの2人。なんなら私の方が嫉妬するまである。

「あのー、不登校っていうか、保健室通いみたいな。家のことで大きな変化が起きた後に、知り合いが誰もいない環境で高校生になって、まあちょっと疲れちゃったのかな」

保健室の河瀬先生に見つけてもらったのはその時だ。

「まあ、友達ができなかった言い訳を作りたかったのかもしれないけどね」

そういうものをセルフハンディキャッピングと言うらしい。テスト前に部屋の掃除をするアレと同じだ。

「…………萌花のこと、私がちゃんと守るから」

咲季は2つ連なったさくらんぼを見つめていた。

「あ、そうだ、萌花」

「なに?」

「結べる?これ」

咲季が見せてきたのは、さくらんぼのいわゆる”軸”と呼ばれる部分だ。

「あー、舌で?」

「そうそうそう」

そう言って、実から取った軸を口に入れて、もごもごし始めた。可愛い。

10秒ほどで、ペロッと出した舌先に、1つ結びになった軸があった。

「すごい。どうやってんの?」

「どう、って言われてもなあ。普通だよ」

「普通?」

「うん、普通に結んでる。輪っか作ってそこに端を通すだけだけど」

淡々と説明されるが、いまいちイメージが湧かない。

「口開けながらできる?」

「ええ、いや無理だと思うけどなあ」

また軸を舌に乗せる。今度は口を開けながら、なんとか下顎も使って頑張っているようだ。

「ひや、こへれきないっへ」

言いつつ、なんとか頑張っている。

ていうかこれ、なんかエロいな…………

器用に湿ったピンク色の舌を動かす。右に、左に、上に、下に。口の中に何か別の生物が蠢いているみたいで、舌って本当に筋肉なんだなということが分かる。でもそれが、こうも官能的に見えてしまうのは何故だろう。

偶ににくちゅくちゅという水音が聞こえてきて、なんかこっちが恥ずかしくなってくる。

さ、咲季の舌って、こうなってるんだ。これが私の口の中に入ってきて、それで、それで―――

「無理!」

諦めたらしい。

「萌花、顔赤いけど」

「え、ええ!?いや、別に何でもない……」

「ふーん」

咲季は、さっき外した実の方を口に入れて少しだけ噛んで、そして意味ありげに私の方を見ている。

「な、なに?」

「ううん? なんでも」

口からぽろっと落とした種を手で受け止めて、明らかになんでもなくない、あの意地悪な笑みを浮かべていた。

「このさくらんぼ、美味しいね」

「そ、そだね……」

「あげる」

「はっ!?」

口移しだった。

面前に迫って来た咲季がキスをして、半ば強引に私の中にさくらんぼを押し込んでくる。

少し噛み潰されて柔らかくなった実が、舌に擦り付けられる。優しい甘みとほんのりとした酸味を感じた。

右に、左に、上に、下に。さっき見ていた咲季の舌。あんな風に、今、私の中で動いてる。まるで咲季に弄ばれているみたいで、けれどなんか悪い気はしない。

やっぱ、きもちいいな。

あー、溶けてく。

「んー、っはあ、ぅれ」

咲季は私の右手を取って、指を絡めてくる。

繋がってる。

咲季と、繋がってる。



「だめ。もう学校ではしません!!」

『そんなあ』

すっかりキスに夢中になって、5限の移動教室に遅刻した私たちは、さすがに反省せざるを得なかった。

ただ電話の向こうの咲季は、不服そうだ

『萌花だって、ちょっと求めてきてたじゃん』

「最初にしてきたのは咲季でしょ」

『萌花が可愛いのが悪いんだよ』

「今はそういう話じゃないでしょ」

『じゃあ、普通のキスだけにするから』

「え?」

『え?』

「いやだからキスはしないって」

『えー!?なんで!?いいじゃん、普通のだよ!?普通のフレンチキスだよ!?』

「フレンチキスだけで止められる自信があるの?」

『…………』

「…………」

『あるよ』

「まっっったく信用できない」

『そんなー』

ちょっと可哀想だろうか?

『…………分かった。学校は我慢する』

今日は結構素直だな。

『でもその代わり、2人っきりの時は、沢山するからね?』

別に私だって、したくないなんて、言って、ない。

「まあ、その、今度は…………いいよ? いっぱい、しても」

ちょっと恥ずかしかった。

『あはは、萌花のえっち』

「はあっ!?えっちじゃないし!いきなり胸触ろうとしてきた咲季の方がえっちだし!」

『萌花だって、勉強会の時、私の脚とか結構見てたじゃん。知ってるんだよ?』

「うっ」

『すけべ。変態。淫乱ネコ』

ひでえ!

あと淫乱ネコって何!?

『あ、そうだ。あえて言ってなかったんだけど、土曜日、お母さんとお父さんいないんだよね。結婚記念日でね、旅行行くみたい』

「へー。咲季は着いていかないの?」

『結婚記念日に私が水差すのもあれだし、私は前から舞台観に行くつもりだったから』

「ふーん」

『……………………泊まってく?』

え?

泊まり?

泊まりというのは、その、泊まり?

咲季の家で、咲季の家のお風呂入って、咲季の家のお布団で寝て。

彼女とお風呂入って、彼女と寝て。

………え、ちょ、ん?

『萌花、なんかやらしいこと考えてる?』

「か、考えてないやい!!」

『すけべ。変態。エロガギ。卑猥JK。色情女。淫乱ネコ』

だから淫乱ネコって何!?!?



#100日後に散る百合


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