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私が世界を救うまで 序章

ペタン…ペタン…ペタン…
書類にひたすら多種類の判子を
すばやく押していく男がいた。
頭には綺麗な輪が浮かんで付いていた。

天界社畜課 天使代理あるふぁ
彼は転職すると決めて動き始めた際、大天使からのスカウトを受け、ここで仕事をしている。

「ふぁぁあ」

大きな欠伸は無理もない。
もう3時間睡眠が4ヶ月続いていて
寝不足が極まっていた。

「おやおや、大きな欠伸をして。
終わったのですか?
彼女の生まれ先は。最近は異世界転生ばかりで、まっさらな赤ん坊で生まれるなど珍しくなりました。手違いのないようにお願いしますね。」

「はい!」

眠気を一気に吹き飛ばそうと
普段より大きな声で返事をするも
効果はあまりなく、結局 欠伸が止まらない。

それでも最後だと判子を押した。
自分の仕事がやっと終わり、天界魂ルームに行く。
そこでは魂が幼児のような見た目で中身も4歳程度だ。

「ご苦労さまです。日付が変わる前には…っと、今変わりましたねぇ。ふふ、毎日ありがとうございます。あなたをスカウトしたかいがありました。」

先程声をかけてくれた上司が、実ににこやかに書類を受け取った。
機嫌の良さげな笑顔はなかなかに怖い。

「足りない書類はないと思いますが、チェックお願いします。」

「あ、残業代かかっちゃうんで一分一秒でも早くあがってくださいね。」

天界社畜課では0時を超えると残業代が1分ごとに出る。

あるふぁは転職してきてから今までで良くて
月に300円しか貰ったことがない。

今どきの小学生は、遠足のおやつ代に縛りなんてなくて食べられる分と書かれている。

自分の頃は300円だったかな、200円だったかな……
と意味無く考えてしまったほどには驚いたものだった。

「……今月の残業代は300円超えてるかな」

慣れというのは恐ろしいもので
いまや300円を超えたかどうかが彼の密かな楽しみにさえなっている。

0時を越えると急かされることにも慣れて
脳内では
タンターンタカタカタンタンタカタカタンタンと
運動会のリレーのような音楽がなっていて、競走しているかのようになる。
対戦相手はいない。

こうして、今日も無事に家についた彼は「ただいまぁ」と中に入る。
靴を脱ぐより先に頭の上の輪を、玄関にある棚の定位置に置いた。
この輪は天界社畜課の社員証。
決して天使ではない代理だからこそはずせる。
生きたまま天界に行ける人間はたぶんきっとどこを探してみても彼だけだろう。
だが、それを彼自身は知らない。

なんだか遠いとこに転職しちゃったな
変わった社員証だな
……車って空飛べたっけ?
まぁいいか

と思っていた。

これは転職前がブラック会社すぎる、
黒の最上級と言っても間違いはない暗黒色すら明度があるんじゃ?となるレベルで闇会社にいた副作用だった。

あの時
転職しようと決断出来なければ、スカウトされていなければ、輪は本物だったかもしれない。
それを考えれば、たいした問題ではなかった。

「んぅう、眠い。
でも推しのLIVEに行きたい。
おやすみって言ってもらえないと、明日の仕事頑張れる気がしない。ふぁーたんお疲れって、ふぁーたんおつか……」

あるふぁはこの日、ベッドまでたどり着けず、リビングでスマホを充電器に繋いだ瞬間寝落ちした。

あるふぁが夢のなかにいる頃、どこかの星のどこかの国に、ひとりの赤ん坊が生まれた。

「…はぁ、はぁ、はじめまして。私はあなたのおかぁさんよ。
可愛い女の子ね。そんなに泣かないで…ダメよ、ドラゴンに気づかれちゃ……」

半壊した家で生まれた赤ん坊は
母をドラゴンに食われた。
何も分からないままドラゴンに向かって
生まれた瞬間よりも激しく、火がついたように泣いた。

ドラゴンは不思議とこの子を食べず、器用に爪ですくい上げた。
そして自分の住処に戻って行った。


To Be Continued

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