タバコ嫌いの女の子がタバコ休憩についていっちゃった話
薄月
タバコはきらいだった。
駅前の横断歩道へ急ぐ途中、煙の先端が鼻先に届くだけでもう嫌だったし、道端でひらたく千切れた破片を見るだけで嫌悪した。
喫煙席が隣りあってる居酒屋なんて絶滅すればいい。タバコ休憩は重罪になってほしい。あれを指先に挟んでいるひとは大抵うすよごれて、歯が黄色くて、笑いかたの下品なひとだ。
「騒がしいの、苦手?」
カラオケ店の出口まであと一歩のところで軽やかな声がした。黒い革ジャンに細いジーンズ。くしゃくしゃの無造作な髪の男のひと。さっきまでカラオケの一室でみんなと一緒に笑っていたひと。
答えが喉まで出かかったところで、彼は「あー、いいよ」と手をひらひら振った。
「俺も無理。マイク、わざとハウリングさせるとかマジでないよね。調子乗りすぎ」
彼は笑いながらわたしの横を通りすぎていった。自動ドアが開く。私もおっかなびっくり歩きだした。
「あれ、ついてきちゃったの?」
彼がおかしそうに笑う。かっと頬が熱くなった。
すみません、すみません。空気が読めずにすみません。
「いいよ、謝んないでよ。一緒に休憩する?」
気怠そうに左右に揺れる彼の背中を、ゆっくりついて歩く。カラオケ店の横の細い道すじを進み、右へ曲がると建物の裏手に出た。
彼が立ち止まる。うすよごれた石壁にもたれかかって「もう夕方か、はやいね」とひとりごとのように呟き、革ジャンの内側へ手を入れる。色白の手のなかに、くしゃりと縒れた小さな箱が見える。
は、と喉が締まる。自然と呼吸が薄くなる。
銀色に光るライターがカチンと音をたて、ぼっと小さな火がともる。それは警告だった。この場にのこのこついてきた、わたしへの、最後の。
ひしゃげた箱からタバコが取り出され、彼の白い指先に挟まれる。全身から気怠そうなのに、ぴんとまっすぐ立てられた二本の指。それが当然のようにまっすぐ彼の唇まで持ち上げられる。
血の気が薄くて厚みのない唇がタバコの端をくわえるまで、わたしはまばたきができなかった。
その口端が、ふっと緩む。気がつくと彼の細い眼がわたしをじっと見下ろしていた。
「ごめん。タバコ、きらいだった?」
わたしはタバコがきらいだった。
今でも、きらい。煙もにおいも、存在そのものがすべて。
彼は目を細め、「よかった」とつぶやいた。
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