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朝の鑑賞日記 003.エストニア

今日は、関西弁CA・Ryucrewさんの
【親子】ヨーロッパでオカンが1番テンション上がった国 #欧州旅 ⑧」を鑑賞
Ryucrewさんの「おかん」といく欧州旅の第8弾

Ryucrewさんは関西出身で現在カナダに在住のCAさん
定年退職された「おかん」とイギリス→フィンランド→エストニアという旅の途中
Ryucrewさんの動画は以前から拝見していて欧州旅はこれが初見
見ます!

エストニア タリンの街並み

さて。今回訪問されているエストニアは「バルト三国」の1つでヨーロッパ北東部、北から順にエストニア、ラトビア、リトアニアと並ぶ国々のことを言う

1989年、エストニアの首都タリンからラトビアの首都リガ、そしてリトアニアの首都ビリニュスまで、およそ600kmにわたって200万人以上が手をつなぎ、一体となって歌を歌いながら独立を訴える『人間の鎖』を形成し、この象徴的な平和行動が、1991年の独立へとつながり、歴史上『歌う革命』として語り継がれている

DIAMOND onlineの記事から抜粋/要約

こんな短い記事を読むだけでも興味深すぎる
しかもそんな遠い昔のことでもない、近い過去の話だ

旅行に出かける時、その国や街の歴史を知っておくと、1つ景色の趣が
全く異なると思っていて、少しは勉強していきたいと思っているんだけど、
欧州は歴史がありすぎて、、、とかじゃなく、つい少し前の話
「人間の鎖」となった方々は今、どう暮らしているんだろうか
どう変わったんだろうか

アレクサンドル・ネフスキー大聖堂
Lossi plats 10, 10130 Tallinn, エストニア

ロシア皇帝アレクサンドル3世の命により建立されたロシア正教会。1242年の「氷上の戦い」でドイツ軍を破り、後に聖人とされたネフスキー公に捧げられた。建築は、16~17世紀のモスクワやヤロスラヴリの正教会をモデルにしたもので、内部のイコン(聖像画)や聖人のモザイク画などが見事。

JTB web

これを見ただけでは、へぇ〜だけど、

1901年当時の支配者帝政ロシアによって建てられたアレクサンドル・ネフスキー聖堂は、エストニアの人々にとって決して喜ばしい建物ではありませんでした。この聖堂は、エストニアの英雄の墓の上に建てられたもので、ロシアの権力を示すとともに、エストニア人の民族運動を抑える目的があったとされています。

世界遺産オンラインガイド

ここまで読むと一気に複雑さを増す
少し触れるだけで歴史って意味を変えてくるな…

日本とは別の、歴史ある建物が並ぶ街並みは、それらを見て感じるだけで
価値があるのだろうと思う

Ryucrewさんの関西弁や、小芝居、動画がキラキラしてないのが良い(たまにしつこいけど褒めてる笑)
ヨーロッパ方面はなかなか候補地に入りにくいから、楽しませていただき、
少し学びの機会にもなりました

そして、 動画見てる間、ずっと思ってた…「腰がムリ…」
「おかん」さん、すごい… Ryucrewさんも言ってたが、少し若いうちじゃないと
しんどそうっス

さて、次は動画でどこに行こう



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