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「テ」クノポップ

デテンテテン、デテンテテン、ボン、ボン、ボン。
デテンテテン、デテンテテン、ボン、ボン、ボン。
デテンテテン、デテンテテン、ボン、ボン、ボン。
ミュージック、ノンストップ。
テクノポップ……
 
 気味悪いポリゴンが弦楽器の音色を掻き分けてやってくる所で目が覚めた。寝覚めが悪い。アルバムで見ると、まあ、普通? という感じだけど、夢の中で自立してやってくると言うのはめちゃくちゃ不気味で怖い。でもやっぱりクラフトヴェァルクはかっこいい。
 
ボインボッチャック、
ボインボッチャック。
 
 俺はそう口ずさみながら部屋を出て、居間に向かう。体も小刻みに揺らしてリズムに乗りながら。するとまだ寝惚けているのか、盛大に頭をぶつけた。ドン!
 「痛え〜」俺は頭を押さえ、壁に体を凭れかける。居間の方から、妻と息子の暢気な声が聞こえてくる。「大丈夫〜?」
「頭ぶつけたわ〜」俺は依然ズキズキする頭の中で壁ドンと共鳴していた。
 
テーン、テテンテンテーン。
ドン!
 
 居間につくと、小三特有の無邪気な息子と心配そうな顔した妻が、もう食卓につき、俺を待っていた。庭に通じる窓は開け放たれ、網戸の目からそよそよと風がやってくる。
「おはよー」
「おはよう」
「頭大丈夫?」
「ああ、まだ痛いけど大丈夫だ」そう応えると、俺はいつもの席に腰掛けた。
 
ボインボッチャック、
ボインボッチャック。
 
 食べている間もクラフトヴェァルクのことを考える。あの不気味なテクノポップのポリゴン……時間が経ってもまだ鮮明に思い返せる。久々に見たなこんな夢。無機質なマントラと共にじわりじわりとやってくる。
 
ミュージック、ノンストップ。
テクノポップ……
 
 この一節が特に頭の中で何度も流れている。音楽は止まらない。俺の心にこの音楽は絶えない。少しずつクレッシェンド。無限大。無機質リズムが駆け巡る。
 
トゥートゥトゥ、トゥルットゥ、
デ、デンデデン。
トゥートゥトゥ、トゥルットゥ、
デ、デンデデン。
 
「パパ!」
「え、ああ」唐突な息子の呼び声に動揺した。「どうした?」
「ぼく、ミルクムナリおどるんだー」
「ほら、あの」妻が息子の唐突さに説明を加えた。「三年の学芸会よ。この時期あるじゃない」
「ああ」
「それで息子のクラスの出し物がミルクムナリになったんですって」
「そうなのか……」俺はミルクムナリのことを考えた。くとぅしみりくぬ……なんかキロロ的な感じのやつ。ほぉら~足元をみぃぃてごらん。いやミマス的か。ひぃかりのこぉえが~……踊ったことはないが、まあ予想の範囲内だろう。なんか小学生の頃って「よさこいソーラン」とかそうだけど、「はねこ」とか「マカレナ」とかやらされたな。学校の行事、へんてこなBGMに合わせて踊る生徒たちは、俺も含めて滑稽だ。でもそこには一体感みたいなものがあって、踊っているうちはばかばかしさに気づかないものだ。
 俺は不安になった。学芸会に際して、息子たちの稚拙な踊りをみたときに俺は果たして笑わずに過ごすことは出来るのだろうか?度重なる予行演習のお陰で、均整が取れつつも、隠しきれない幼稚な粗。それに堪えることが出来るのだろうか?というか、どうして道民なのに沖縄の踊りをせにゃならんのだ。
 「なるほどね」ぐくくむぬだに、うたびみせたさ、ゆどぅぬかじかじ、ちねぬかじかじ、かじまたさんどーにっちゃい……心の中で唱えた。そうするとなんだか不思議な感じがして、俺は振り返った。バイノーラル録音的な「スン!」が俺の背後に付きまとい、暫くすると次のような囃子が聞こえて、また唱えた所から始まる。「イヤササ!」
 「あら、どうしたの?」急に後ろを振り向いたからか、妻が聞いてきた。
「いや、なんでもない」
「そう」妻の声色から考えるに、やはり俺を訝しんでいるようだ。無理もない、不自然な動きをしてなんでもないと言われたとき、絶対何か隠している、と思うに違いない。挙動がおかしいときに「なんでもない」というのはある意味何か気がかりで、それを聞き手に察してもらおうというやり方といっても過言ではない。俺は無意識に妻を求めていたのだろうか?
 俺の中のクラフトヴェァルクがミルクムナリを吸収していく。ラルフ・ヒュッターがスポンジのように貪っていく。すると今までミニマルなテクノポップが沖縄民謡ウチナーズ・ソングの影響で少しずつ変化していく。次第にポリフォニックになっていく。
 
とぅッチャッ
 
ボッチャッちゃー
 
 「パパこれる?」
「あなた、来れるの、その日?」
「予定確認しないとな」
まもるたのしみにしてるのよ」
「パパきたらうれしいなあ」
「まあ当日入ってても、有給とるから」安心して、という含意で俺は二人に言った。
 
トゥートゥトゥ、トゥルットゥ、
デ、デンデデン。イヤササ!
 
 クラフトヴェァルクとミルクムナリの幻聴があっても、俺は何とかしないといけない。そう思って、妻にも言わないでいたが、息子が学校に行ってから彼女が、
「ねえ大丈夫?頭痛いんじゃないの」と心配してきた。
「いや、大丈夫だって」俺は応える。「なんともないから」
「……」妻はますます眉をひそめて俺を見る。まさか浮気とかそういうことでも疑われているのか?それは冤罪だ。何故なら俺は妻と週五でセックスしてるから。そんな余裕はない。それでも疑われているとしたら、俺はどうなるのだろう。離婚?俺は抵抗するつもりだ。裁判?世間体が危ないか?それよりも、守。お前はお母さんの方に行くのか?それとも俺の方か?それは悲しい。だからちゃんと言わなければいけない。俺はやってないと……
「わしたわかむす」突然声がした。心の中で聞いたものかと思ったが、声のトーンが若い。女性の声だ。
「あまざきからざきたりどぅてぃ」
「ぬでーあしぶさ」
 俺は驚愕した。何故ならこのミルクムナリは妻から発せられたものだったからだ。
「ち、ちかこ」
「あなたもこれが聞こえてたのね」
「これ……?」
「ミルクムナリよ」彼女は深くため息をつく。「まああなた、クラフトワークも聞こえているようだけど」
「なんでわかるんだ」
「ふふ、昨日セックスしたときの鼓動がそれだったわよ」
「昨日セックス……?」
「あら、覚えてないの?」彼女が怪訝な顔をして俺を見る。「ひょっとしたら夢遊病セックスかもしれないわね」
 そうだったのか、週五と思ったら週六か!俺はそう心内に語りながら、千賀子のことを見つめた。彼女は莞爾としてほほ笑んでいる。依然戦いでいる風が、俺たちの空間を優しく包み込む。まるでウチナーのクラブハウスだ。
 その瞬間、俺はある重大なことに気づいた。俺の中のクラフトヴェァルクとミルクムナリがかつてないバイブスを持って共鳴している。「テーン、テテンテンテーン。イヤササ!」俺はそのことを妻に話すと、即座に会社を辞め、DJの機材を早期退職金で買った。そして学校に頼み込んで、俺は学芸会の音響監督に就任した。
 「ミルクムナリもまたテクノポップなんだ」この言葉が俺の会社員人生をDJ人生に変貌させた。俺は守のミルクムナリを大胆にミックスし、今まで陰湿だった体育館をそれはもうめちゃくちゃにブチ上げた。
 
 
注釈:DJ KOOのKOOは「子殺し」からではなく、ミルクムナリの一節、「こーてんがなし」から取られた。

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