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EU、女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスとの闘いに関する指令を採択――サイバーハラスメント等の犯罪化を要求

 新サイバー犯罪条約に関する前回の投稿の末尾で取り上げたように、EU(欧州連合)理事会は、5月7日、「女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスとの闘い」(combating violence against women and domestic violence)に関する欧州議会・理事会指令Directive (EU) 2024/1385 of the European Parliament and of the Council of 14 May 2024 on combating violence against women and domestic violence)を採択しました(欧州議会による採択は4月24日)。

- Council of the European Union: Council adopts first-ever EU law combating violence against women
https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2024/05/07/council-adopts-first-ever-eu-law-combating-violence-against-women/

 この問題については、すでに欧州評議会が2011年にイスタンブール条約(女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスの防止およびこれとの闘いに関する条約)を採択しており、39か国が批准・加入済みです(「女性に対する暴力」と「ドメスティックバイオレンス」が併記されているのは、後者の被害者は女性に限られないためです)。


 今回の指令は、セクシュアルハラスメント以外のものも含むサイバーハラスメントをはじめ、とくにサイバー犯罪に関連する規定を強化した内容になっています。EU加盟国は、一部を除き*、批准・加入等の手続を経ることなく、指令の発効から3年以内にその内容を国内法化する義務を負うことになります。

* 51条(名宛人)で「本指令は、〔EU〕諸条約にしたがって加盟国を名宛人とする」(This Directive is addressed to the Member States in accordance with the Treaties)と定められているのは、全加盟国を対象とするものではない(ユーロを導入していない加盟国などを除く)趣旨だそうです。こちらのページを参照。

構成

 指令の構成は次のとおりです(概要は、しんぶん赤旗電子版〈女性への嫌がらせは犯罪 欧州議会が指令可決 加盟国は保護強化を オンラインでも〉2024年4月26日付なども参照)。

第1章 総則
 第1条:主題および適用範囲
 第2条:定義
第2章 女性および子どもの性的搾取ならびにコンピューター犯罪に関わる罪
 第3条:女性性器切除
 第4条:強制婚
 第5条:同意を得ずに行なわれる、性的含意のあるまたは加工された表現物(intimate or manipulated material)の共有
 第6条:サイバーストーキング
 第7条:サイバーハラスメント
 第8条:暴力または憎悪のサイバー扇動
 第9条:扇動、幇助および未遂
 第10条:刑罰
 第11条:加重事由
 第12条:裁判権
 第13条:時効
第3章 被害者の保護および司法へのアクセス
 第14条:女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスの通報
 第15条:捜査および訴追
 第16条:被害者の保護ニーズを特定するための個別アセスメント
 第17条:被害者の支援ニーズの個別アセスメント
 第18条:支援サービスへの付託
 第19条:緊急の退去・接近禁止命令、差止命令および保護命令
 第20条:被害者の私生活の保護
 第21条:法執行・訴追機関を対象とする指針
 第22条:平等機関を含む国内機関の役割
 第23条:一定のオンライン表現物を削除するための措置
 第24条:加害者からの賠償
第4章 被害者支援
 第25条:被害者に対する専門的支援
 第26条:性暴力被害者に対する専門的支援
 第27条:女性性器切除の被害者に対する専門的支援
 第28条:職場におけるセクシュアルハラスメントの被害者に対する専門的支援
 第29条:被害者のためのヘルプライン
 第30条:シェルターその他の暫定的居住施設
 第31条:子どもの被害者に対する支援
 第32条:子どもの安全
 第33条:交差的ニーズを有する被害者および危険な状況に置かれている集団に対する焦点化された支援
第5章 防止および早期介入
 第34条:防止措置
 第35条:強制性交を防止しかつ性的関係における同意の中心的役割を促進するための具体的措置
 第36条:専門家を対象とする訓練および情報
 第37条:介入プログラム
第6章 調整および協力
 第38条:調整のとれた政策および調整機関
 第39条:女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスの防止およびこれとの闘いに関する国内行動計画
 第40条:多機関の調整および協力
 第41条:非政府組織との協力
 第42条:情報仲介サービスプロバイダ間の協力
 第43条:連合レベルの協力
 第44条:データ収集および調査研究
第7章 最終条項
 第45条:報告および検証
 第46条:他の連合法との関係
 第47条:報道の自由および他の媒体における表現の自由
 第48条:後退禁止条項
 第49条:国内法化
 第50条:発効
 第51条:名宛人

サイバーハラスメント等の犯罪化と加重事由

 第2章(女性および子どもの性的搾取ならびにコンピューター犯罪に関わる罪)で取り上げられている罪名のうち、女性性器切除(3条)と強制婚(4条)はイスタンブール条約でも(それぞれ38条・37条で)取り上げられていますので、それ以外の罪名についてその内容を紹介します。

第5条:同意を得ずに行なわれる、性的含意のあるまたは加工された表現物(intimate or manipulated material)の共有

1.加盟国は、故意による次の行為が犯罪として処罰の対象とされることを確保する。
(a)いずれかの者の性的にあからさまな(sexually explicit)活動または性的含意のある部位(intimate parts)を表現した画像、動画または類似の表現物を、当該人物の同意を得ることなく、情報通信技術(ICT)を用いて公衆がアクセスできるようにすること(当該行為が当該人物に深刻な危害を引き起こす可能性が高い場合)。
(b)いずれかの者が性的にあからさまな活動に従事しているように見える画像、動画または類似の表現物を製造し、加工しまたは修正した後、当該人物の同意を得ることなく、ICTを用いて公衆がアクセスできるようにすること(当該行為が当該人物に深刻な危害を引き起こす可能性が高い場合)。
(c)いずれかの者に特定の行為を行ない、当該行為に同意しまたは当該行為を行なわないよう強要する目的で、(a)または(b)にいう行為をすると脅迫すること。
2.〔略;表現・情報の自由、芸術・科学の自由その他の権利、自由および原則への配慮〕

第6条:サイバーストーキング

 加盟国は、いずれかの者の移動および活動を追跡しまたは監視する目的で、当該人物の同意または法的許可を得ることなく、ICTを用いて当該人物を繰り返しまたは継続的に監視下に置く故意による行為が、当該行為が当該人物に深刻な危害を引き起こす可能性が高い場合に、犯罪として処罰の対象とされることを確保する。

第7条:サイバーハラスメント

 加盟国は、故意による次の行為が犯罪として処罰の対象とされることを確保する。
(a)ICTを用いていずれかの者に向けられた脅迫的行為(少なくとも当該行為に犯罪を行なう旨の脅迫がともなう場合)を繰り返しまたは継続的に行なうこと(当該行為が、当該人物に、自分自身または扶養者の安全に関する深刻な恐怖を引き起こす可能性が高い場合)。
(b)いずれかの者に向けられた、公的にアクセス可能な脅迫的または侮辱的行為を、ICTを用いて他の者と共同で行なうこと(当該行為が当該人物に対して深刻な心理的危害を引き起こす可能性が高い場合)。
(c)いずれかの者に対し、性器を表現した画像、動画または類似の表現物を、求められていないにもかかわらずICTを用いて送信すること(当該行為が当該人物に対して深刻な心理的危害を引き起こす可能性が高い場合)。
(d)いずれかの者の個人情報を含む表現物を、当該人物に対して身体的危害または深刻な心理的危害を引き起こすよう他の者を扇動する目的で、当該人物の同意を得ることなく、ICTを用いて公衆がアクセスできるようにすること。

第8条:暴力または憎悪のサイバー扇動

1.加盟国は、ジェンダーへの言及によって定義されるいずれかの集団または当該集団の構成員に向けられる暴力または憎悪を、そのような暴力または憎悪の扇動を含む表現物をICTを用いて公的に頒布することによって故意に扇動する行為が、犯罪として処罰の対象とされることを確保する。
2.第1項の適用上、加盟国は、公の秩序を乱す可能性が高いやり方または脅迫的、虐待的もしくは侮辱的なやり方で行なわれる行為のみを処罰することを選択できる。

 これらの犯罪の多くは、イスタンブール条約の実施状況を監督している「女性に対する暴力とドメスティックバイオレンスに反対する行動に関する欧州評議会専門家グループ」(GREVIO)が2021年にとりまとめた女性に対する暴力のデジタルな側面についての一般的勧告1号でも問題にされていたものです。

加重事由

 加盟国は、第3条~8条に掲げられた犯罪に関して、次の一連の事由の1または複数を加重事由として考慮することを可能にすることも求められています(11条)。

  • (a)当該犯罪または他の女性に対する暴力犯罪もしくはドメスティックバイオレンス犯罪が繰り返し行なわれたこと。

  • (b)当該犯罪が、特別な事情(依存の状況または身体障害、精神障害、知的障害もしくは感覚障害の状態)によって脆弱な状況に置かれている者に対して行なわれたこと。

  • (c)当該犯罪が子どもに対して行なわれたこと。

  • (d)当該犯罪が子どもの面前で行なわれたこと。

  • (e)当該犯罪が2人以上の者によって共同で行なわれたこと。

  • (f)当該犯罪に先行してまたは並行して極度の水準の暴力が用いられたこと。

  • (g)当該犯罪が、武器を用いてまたは武器を用いるという脅迫とともに行なわれたこと。

  • (h)当該犯罪が、有形力を用いてもしくは有形力を用いるという脅迫とともに、または強要によって行なわれたこと。

  • (i)当該犯罪が、被害者の死亡または被害者に対する重度の身体的もしくは心理的危害を引き起こしたこと。

  • (j)犯罪を行なった者が、同じ性質の罪名を理由として以前に有罪判決を受けていたこと。

  • (k)当該犯罪が従前のまたは現在の配偶者またはパートナーに対して行なわれたこと。

  • (l)当該犯罪が、被害者の家族構成員または被害者と同居している者によって行なわれたこと。

  • (m)当該犯罪が、信頼、権威または影響力を有する公認の立場を濫用して行なわれたこと。

  • (n)当該犯罪が、いずれかの者に対し、当該人物が公衆の代表者、ジャーナリストまたは人権擁護者であることを理由として行なわれたこと。

  • (o)当該犯罪の意図が、いずれかの者、家族、共同体または他の同様の集団のいわゆる「名誉」の保全または回復であったこと。

  • (p)当該犯罪の意図が、被害者の性的指向、ジェンダー、皮膚の色、宗教、社会的出身または政治的信条を理由とする被害者の処罰にあったこと。

子どもの被害者への支援と子どもの安全

 最後に、子どもにとくに関連する条文を紹介しておきます(このほか、女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスの通報について定めた14条などでも子どもへの配慮について規定されています)。

第31条(子どもの被害者への支援)

1.加盟国は、子どもが女性に対する暴力またはドメスティックバイオレンスを受けまたは目撃した可能性があると考えるに足る合理的理由があると権限ある当局が判断すると同時に、当該子どもに対して具体的かつ十分な支援が提供されることを確保する。子どもに対する支援は、子どもの最善の利益を尊重しつつ、専門的であり、かつ、当該子どもの年齢、発達上のニーズおよび個別の状況にふさわしいものであるものとする。
2.子どもの被害者に対しては、当該子どもの発達上のニーズおよび個別の状況に応じた年齢にふさわしい医療ケアならびに情緒的、心理社会的、心理的および教育的支援に加え、とくにドメスティックバイオレンスの状況に応じた他の適切な支援が提供される。
3.暫定的居住施設を提供することが必要であるときは、子どもは、その年齢および成熟度を考慮しながら当該事柄に関する子どもの意見を聴いた後、他の家族構成員(とくに暴力を振るっていない親または親責任保有者)とともに、支援サービスを備えた恒久的または一時的住宅に優先的に措置されるものとする。
 暫定的居住施設に関する事柄について評価する際には、子どもの最善の利益の原則が決定的とされる。

第32条(子どもの安全)

1.加盟国は、子どもが関わる女性に対する暴力またはドメスティックバイオレンスについての情報に、当該子どもに関わる民事手続の枠組みのなかで子どもの最善の利益を評価する際に当該情報を考慮できるようにすることが必要であるかぎりにおいて、関連の権限ある機関がアクセスできることを確保する。
2.加盟国は、女性に対する暴力またはドメスティックバイオレンスの罪を犯した者またはその疑いのある親責任保有者がアクセスの権利を有する限度で、子どもと当該親責任保有者が安全に面会交流することのできる安全な場所を設置しかつ維持する。加盟国は、子どもの最善の利益にのっとり、訓練を受けた専門家による監督を適宜確保する。

 子どもの保護との関連では、複数の国連人権専門家が2022年10月20日付でEU代表部に共同書簡を送付し、指令案で監護権に関わる問題が十分に取り上げられていないことなどについて、懸念を表明していました。32条1項の規定は指令案(34条)には含まれていませんでしたので、こうした指摘を受けて挿入された可能性があります。ただし、これらの指摘が十分に考慮・反映されているとは言えないようです(共同書簡への返答も提出されていません)。

 前述のとおり、EU加盟国はこれから指令の国内法化を進めていくことになりますので、その動向に注目していく必要があります。

noteやホームページでの翻訳は、ほぼすべてボランティアでやっています。有用だと感じていただけたら、お気持ちで結構ですのでサポートしていただけると、嬉しく思います。