OHCHR、子どもの権利を含む人権の視点から新サイバー犯罪条約草案の修正を提言
国連では現在、UNODC(国連薬物犯罪事務所)が事務局となって、「犯罪目的での情報通信技術の利用への対処に関する包括的国際条約」(Comprehensive International Convention on Countering the Use of Information and Communication Technologies for Criminal Purposes)の起草作業が進められています。同様の目的を有する地域条約として、欧州評議会が2001年に採択し、日本も締結済みのサイバー犯罪条約(ブダペスト条約)がありますので、日本では「新サイバー犯罪条約」と呼ばれることが多いようです。
今年(2024年)1月29日~2月9日にニューヨークで開催されたアドホック委員会の最終会期(Concluding session)で成案を得ることを目指していたようですが、議論がまとまらなかったため、7月29日~8月9日に再開最終会期(Reconvened concluding session)を開いて合意に向けた調整を行なうことになっています(こちらのページを参照)。最新の草案は、2024年2月6日付の「再改訂条文案」(Further revised draft text、A/AC.291/22/REV.2 [PDF」)です。
OHCHR(国連人権高等弁務官事務所)は、5月23日、この草案に対するコメントを「人権とサイバー犯罪条約草案」(Human rights and the draft Cybercrime Convention)と題する情報覚書(information note)として発表しました。
OHCHRは、新サイバー犯罪条約の起草を支持したうえで、この条約が現行国際法(とくに国際人権法)にしっかり根差したものにならなければならないと強調しています。子どもに関わる論点もいくつか提示されていますので、それについて紹介します(追記〔2024年8月22日〕:7月29日~8月9日にニューヨークで開催された再開最終会期における最終的な合意内容について投稿しました)。
関連条文案
子どもに関わるサイバー犯罪については、とくに次の3つの条で規定されています。
-第13条:オンラインの子どもの性的虐待表現物または子どもの性的搾取表現物(child sexual abuse or child sexual exploitation material)に関連する犯罪
-第14条:子どもに対して性犯罪を行なうことを目的とする勧誘またはグルーミング
-第15条:同意を得ずに行なう性的含意のある画像(intimate images)の頒布
これまで「児童ポルノ」と呼ばれてきた表現物(material)について取り上げている13条の条文案は次のとおりです。
OHCHRは、これらの規定のうち、表現の自由(子どもの表現の自由を含む)を含む子どもの権利を不当に制約するおそれのあるいくつかの規定について、修正を求めています。
子どもの自己製造表現物について
13条4項・5項では、子どもの自己製造表現物(自撮り画像・動画)について、一定の条件が満たされる場合には犯罪化の例外とすることが認められています。OHCHRの提案は、これらの条項で「除外するための措置をとることができる」(may take steps to exclude)という文言が用いられているのは不十分であるため、「除外するものとする」(shall exclude)に修正すべきだというものです(p.4)。
こうした修正は国連・子どもの権利委員会などの見解にも沿ったものであり、OHCHRも、
「子どもたちによる自撮りの性的表現物であって、本人の同意を得て、かつ自分たち自身の私的利用のみを目的として所持しかつ(または)シェアするものは、犯罪化されるべきではない」
という同委員会の見解を引用しています。
なお、13条については、摘発対象とすべき子どもの性的虐待/性的搾取表現物の範囲を(a)実在の子どもを表現するもの、(b)子どもの性的虐待・搾取を視覚的に表現するものに限定することを認めた3項の規定について、一部の国から削除が提案されて議論になっているようです。この点についてはOHCHRの情報覚書では触れられていませんが、山田太郎・参議院議員がずっと経緯を追って報告していますので、たとえば2024年2月14日付の動画などをご参照ください。
芸術的・教育的・科学的価値のある表現物の除外
OHCHRはまた、現在の条文案では「たとえば、架空の個人を描写した正当な芸術・文学・科学表現や、子どもの性的虐待の事件に関するニュース報道または歴史的研究も〔犯罪化の〕対象とされ得る」とし、「条約が表現物の検閲の根拠として利用されるのを避けることは重要である」と強調して、13条2項の次に次の条項を新設するよう勧告しています(p.5)。
「明らかに芸術的、教育的または科学的価値を有しており、かつ18歳未満の者の関与を得ていない表現物は、第13条(1)の適用から除外するものとする」
とくに、「子どもの性的虐待表現物または子どもの性的搾取表現物」に「文章または音声によるコンテンツを含むことができる」とする条文案(13条2項)がこのまま維持されるのであれば、こうした規定を設けることは不可欠であると思われます。
「性的含意のある画像」の頒布等
さらに、条約草案の15条(同意を得ずに行なう性的含意のある画像の頒布)では、「性的含意のある画像」(intimate image)を次のように定義したうえで(2項)、被写体の同意を得ずに行なわれるこのような画像の頒布・送信等を犯罪化するよう求めています(1項)。
「写真または録画を含むいずれかの手段によって作成された18歳以上の者の視覚的記録であって、性的な性質を有し、そのなかで被写体の性的部位がさらされまたは被写体が性的活動に従事しており、記録の時点で私的なものであり、かつ、私的なままであることに対する合理的な期待を犯行の時点で被写体が維持していたもの」(a visual recording of a person over the age of 18 years made by any means, including a photograph or video recording, that is sexual in nature, in which the person’s sexual parts are exposed or the person is engaged in sexual activity, which was private at the time of the recording, and in respect of which the person or persons depicted maintained a reasonable expectation of privacy at the time of the offence)
この定義で「18歳以上の者」のみが対象とされているのは、13条2項にいう「子どもの性的虐待表現物」「子どもの性的搾取表現物」に該当するこのような画像の頒布等については、18歳未満の子どもはそもそも同意することができない(頒布等自体が犯罪になるため)という前提があるからのようです(15条4項)。
また、3項では、
「締約国は、適宜、性的含意のある画像の定義を拡大して18歳未満の者が表現された画像にも適用することができる。ただし、被写体が国内法に基づいて性的活動に従事できる法定年齢に達しており、かつ、当該画像が子どもの性的虐待または子どもの性的搾取を表現するものではないことを条件とする」
とも定められています。
つまり、「性的含意のある画像」であっても、子どもの性的虐待・性的搾取を表現したものでなければ、13条2項にいう子どもの性的虐待/性的搾取表現物に該当しない場合もあり得るということのようです。条約草案では「子どもの性的虐待」「子どもの性的搾取」の定義は示されていませんので、他の国際文書の関連規定も踏まえつつ*、言葉の通常の意味にしたがって解釈するということになるのでしょうか。
このような解釈に立つとすれば、OHCHRが勧告する(p.5)ように、15条3項の「できる」(may)を「ものとする」(shall)に修正することも必要かもしれません。もっとも、「被写体の性的部位がさらされまたは被写体が性的活動に従事して」いる画像(15条2項)はそれ自体が13条2項にいう「子どもの性的虐待表現物または子どもの性的搾取表現物」に該当するという理解に立ち、15条3項を削除するという対応のほうがわかりやすいような気はします。
なお、同意を得ずに行なわれる性的含意のある画像の頒布等については、5月7日に最終的に採択された「女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスとの闘い」に関するEU(欧州連合)指令でも、合成・加工画像も含めて犯罪化することが求められています(5条)。同指令では、サイバーストーキング(6条)、サイバーハラスメント(7条)、暴力または憎悪のサイバー扇動(8条)についても犯罪化が要求されており、そのうち取り上げるかもしれません(追記:取り上げました)。