国連サイバー犯罪条約草案について合意が成立
〈OHCHR、子どもの権利を含む人権の視点から新サイバー犯罪条約草案の修正を提言〉(2024年6月7日)で取り上げた国連サイバー犯罪条約(犯罪目的での情報通信技術の利用への対処に関する包括的国際条約)草案について、7月29日~8月9日にニューヨークで開催された再開最終会期(Reconvened concluding session)で合意が成立しました。今後、国連総会に提出され、正式に採択されることになります。
1)NHK:国境越えたサイバー犯罪取り締まる 新国際条約草案 国連で合意
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240809/k10014543681000.html
2)読売新聞:国連総会で「サイバー犯罪条約」採択へ…ロシアが主導、政府監視に懸念
https://www.yomiuri.co.jp/world/20240809-OYT1T50197/
以下、公表されている最終草案(8月7日付)をもとに、前掲投稿のフォローアップをしておきます(最終草案には議長が口頭による修正を加えたそうですが、それを反映させたテキストはまだ公表されていないようです)。
「人権の尊重」に関する規定
再改訂条文案(2024年2月6日付)では「人権の尊重」(第5条)という見出しだけで条文案は書かれていませんでしたが、最終草案には次の条文案が盛りこまれました(条文番号が繰り下がっています)。
同様に見出しのみ記載されていた「条件および保障措置」(第24条)についても、次の内容を含む条文案が挿入されています
子どもの性的虐待/子どもの性的搾取表現物(CSAEM)
子どもの性的虐待/子どもの性的搾取表現物の犯罪化については、条文番号が第13条から第14条に繰り下がっていますが、内容面で大きな修正はありません。第14条をあらためて全訳しておきます(前回の投稿に掲載した訳を一部修正しています)。
2項では「子ども」(a child)が「18歳未満のすべての者」(any person under 18 years of age)に修正され、それにともなって3項でも「実在の子ども」(a real child)が「実在する者」(an existing person)へと変更されています。草案に関する説明覚書(Explanatory notes on the Updated draft text of the convention 〔PDF〕、7月15日付)によれば、「18歳未満のすべての者」への変更は、各国の国内法で「子ども」がどのように定義されているかにかかわらず、CSAEMとの関連では保護の基準年齢を18歳で統一することを意図したためだということです(pp.8-9)。
関連して、再改訂条文案(2024年2月6日付)では定義条項(2条)に「子ども」の定義が置かれ、「この条約の適用上、子どもとは、18歳未満のすべての者をいう。ただし、子どもに適用される法律の下でより早く成年に達する場合は、この限りでない」という国連・子どもの権利条約の定義がそのまま採用されていましたが、これは削除されました。
子どもの自己製造表現物(自撮り画像・動画)に対する刑事処罰の適用除外について定めた再改訂条文案(2024年2月6日付)の4項・5項については、削除を求める国も少なくなかったようですが、1つの規定(4項)に統合されて維持されています。前回の投稿でも紹介した国連・子どもの権利委員会などの見解を踏まえたものですが、適用除外を義務にするべきであるというOHCHR(国連人権高等弁務官事務所)の提案は容れられず、締約国の裁量に委ねる形になりました。OHCHRは、再開最終会期に向けて提出した7月22日付の意見書(PDF)で、この点についてあらためて批判しています(p.4)。
また、OHCHRは「明らかに芸術的、教育的または科学的価値を有しており、かつ18歳未満の者の関与を得ていない表現物は、第13条〔最終草案第14条〕(1)の適用から除外するものとする」という規定の新設も提案していましたが、これも採用されていません。この点についても、OHCHRはあらためて次のように強調しています(前掲意見書参照)。
以上のほか、子どもに対して性犯罪を行なうことを目的とする勧誘またはグルーミング(再改訂条文案第14条/最終草案第15条)や同意を得ずに行なう性的含意のある画像(intimate images)の頒布(再改訂条文案第15条/最終草案第16条)も部分的に修正されていますが、大きな変更ではないようです。後者については前回の投稿である程度詳しく紹介しているので、ご参照ください。
ヒューマン・ライツ・ウォッチによる批判
他方、国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのティラナ・ハッサン代表は、〈来たるサイバー犯罪条約は厄介事の種にしかならないだろう〉(Upcoming Cybercrime Treaty Will Be Nothing But Trouble)という記事(8月7日付)で、最終草案についてOHCHR以上に強い危機感を表明しています。主たる問題として挙げられているのは、(a)適用範囲の広さ、(b)人権保障措置の欠如、(c)子どもの権利に及ぼすリスクの3点です。最後の点に関する指摘は次のとおりです。
ハッサン代表は最後に、「国連サイバー犯罪条約草案は、人々を権力の濫用から守るのではなく、国境を越えた抑圧(transnational repression)を促進することになるだろう」と警告しています。今回は主に子どもに関わる条文案のみ取り上げましたが、条約案全体を踏まえ、日本としての対応もさらに検討していく必要がありそうです。
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