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国連人権専門家、女性に対する暴力とドメスティックバイオレンスに関するEU指令案について改善意見を送付

 11月12日~25日は「女性に対する暴力をなくす運動」期間です。

 この問題に関する重要な地域条約として、欧州評議会のイスタンブール条約女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスの防止およびこれとの闘いに関する条約、2011年)があります。11月29日(火)には、駐日欧州連合(EU)代表部とジョイセフの主催でオンラインセミナー「イスタンブール条約から考えるジェンダーに基づく暴力/セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」が開催されるそうです。

上記セミナーは午後4時~6時に開催されますが、同日正午~午後1時には女性差別撤廃条約実現アクションによる院内集会「秋月弘子CEDAW委員が語る 選択議定書の1日も早い批准を!」も開催されます(オンライン配信あり)。関心のある方はこちらにもあわせてご参加ください。

 EU(欧州連合)も現在、女性に対する暴力およびドメスティックバイオレンスについての新たな法規範を作成中で、2022年の国際女性デー(3月8日)には欧州委員会からこの問題に関する欧州議会・欧州理事会指令案(Proposal for a Directive of the European Parliament and of the Council on combating violence against women and domestic violence)が提出されました。当時のリリースによれば、その主要な要素は次の5点です。

1)強制性交(同意のない性交)、女性性器切除、サイバー暴力などの犯罪化
2)安全な通報・リスクアセスメント手続
3)司法手続における被害者のプライバシーの尊重と賠償を受ける権利
4)ヘルプラインおよびレイプクライシスセンターを通じた被害者支援
5)調整・協力の強化

 この指令案について、女性・女児に対する暴力に関する特別報告者をはじめとする複数の国連人権専門家*が連名でEU代表部に連絡文書(コミュニケーション、10月20日付、PDF)を送り、より国際人権基準に合致した内容になるよう見直しを促しました。

* 他に名前を連ねているのは、▽健康に対する権利に関する特別報告者、▽子どもの売買・性的搾取に関する特別報告者、▽性的指向およびジェンダーアイデンティティに基づく暴力・差別からの保護に関する独立専門家、▽とくに女性・子どもの人身取引に関する特別報告者、▽女性・女児に対する差別に関する作業部会の委員長兼報告者。

 国連人権専門家らは、指令案を全体として評価・歓迎しながらも、とくに次の問題についてさらに具体的・効果的な措置を盛りこむよう要請しています。

● 暴力の防止
● 心理的・情緒的暴力
● 差別禁止事由および特定のアイデンティティへの言及
● データ収集
● 周縁化された女性と在留資格
● 監護権決定における親密なパートナー間暴力の問題
● COVID-19パンデミックから得られた教訓
● 子どもの保護
● ジェンダーステレオタイプ

 子どもの保護との関連では次のような指摘が行なわれています(pp.7-9、要旨)。

-指令案36条〔防止措置〕で、子どもを含むリスク集団(groups at risk)ついて焦点化された対応がとられるべきであると規定されていることは歓迎するものの、子どもの保護を目的とした明示的防止措置が定められていないことは遺憾である。子どもの保護に特化した明示的な防止措置について指令案で定めることを求める。
-指令案33条・34条で子どもの支援および安全について規定されていることは歓迎するものの、子どもを暴力から保護するための効果的措置に関する独立の条が存在しないことは遺憾である。子どもの最善の利益が締約国の第一次的関心事でなければならないことを想起するとともに、ドメスティックバイオレンスは、子どもがその目撃者または被害者となる場合には、子どもの最善の利益と両立しないことを強調したい。
イスタンブール条約31条は、「子どもの監護権および面会権に関する決定に際し、この条約の適用範囲にある暴力の発生が考慮されることを確保するため、必要な立法上その他の措置をとる」こと、「いかなる面会権または監護権の行使も被害者または子どもの権利および安全を危うくしないことを確保するため、必要な立法上その他の措置をとる」ことを締約国に要求している。同条約のモニタリング機関(GREVIO)は、これまでにモニタリングを実施した10か国すべてについて、監護権に関わる決定で女性へのジェンダーバイアスが見られること、父親による虐待の行動様式に対して裁判所が注意を払っていないことが認められてきた。
-子どもの監護権を、母親ではなく、ドメスティックバイオレンスの訴えがある父親に対し、子どもにとってのリスクの可能性をまったく無視するやり方で付与するために援用される「片親疎外」(Parental Alienation)という用語および類似の概念・用語の濫用は、抑制されなければならない。国の機関および関係者(子どもの監護権について決定する機関・関係者を含む)は、虐待的父親が母親に対して行なう「片親疎外」の非難を、権力および統制の継続と捉えるべきである。このような概念の濫用は、そもそも指令において明示的に違法化されなければならない。これらの概念は、母親に対して面会交流または監護権を認めない目的で、虐待的な親によって(通常は虐待的父親から母親に対して)しばしば用いられてきたためである。(国連・欧州の女性の権利専門家が2019年5月31日付で発表した声明〔PDF〕も参照)
-法執行機関・司法機関に対して被害者の適切な取扱いに関するガイドラインを提供する義務が指令案で規定されていることは歓迎するものの、欧州議会、その他の専門家および市民社会組織からは、法執行機関、司法機関、危険な状況にある女性・子どもまたはその家族を対象とする研修について明示的に規定するべきであるとの要請が出されている。このような研修では、被害者中心・子ども中心のアプローチも対象とされるべきである。また、女性・子どもと接触する関係者を対象として、「片親疎外」等の擬似的概念の濫用に関するガイドラインも提供することが求められる。
-オンラインでの子どもの性的虐待に対処するための措置を導入することに加え、関連の専門家の能力構築および専門的研修の強化を図ること、子どもの被害者・サバイバーに対応する際の子どもに配慮したアプローチを推進すること、被害を受けた子どもの救済措置へのアクセスを保障すること、データ収集と調査研究を強化することなども求められる。このような取り組みを推進していくにあたり、子ども・若者の参加を確保することが重要である。

 子どもの監護権については監護権決定における親密なパートナー間暴力の問題(Intimate partner violence in custody)の項でも触れられており(p.6)、指令案に掲げられた親密なパートナー間暴力の定義〔平野注/指令案4条(b)に掲げられた「ドメスティックバイオレンス」の定義〕で監護権の問題への明示的言及がないことについて懸念が表明されています。ここでは、「監護権および面会交流に関する決定において親密なパートナー間暴力について扱わないことは、生命、暴力を受けない生活および女性・子どもの健康的な発達に対する人権を懈怠により侵害するものである」と強調し、「いかなる形態の暴力(親または近しい人に対する暴力を目撃することも含む)も、法律上および実務上、人権侵害でありかつ子どもの最善の利益に反する行為であるとみなされる」ようにすることを強く促した2021年10月6日の欧州議会決議も参照したうえで*、監護権・面会交流権に関する裁判所の決定でドメスティックバイオレンス/親密なパートナー間暴力がどのように扱われてきたかをさらに調査・検討する必要があることも指摘されています。

* 「親密なパートナー間暴力と監護権が女性および子どもに及ぼす影響に関する2021年10月6日の欧州議会決議」(European Parliament resolution of 6 October 2021 on the impact of intimate partner violence and custody rights on women and children (2019/2166(INI))。なお、連絡文書の原文で「パラ11」とされているのはパラ10の誤りで、引用のしかたも正確ではない。

 今回国連人権専門家から行なわれた指摘によって指令案が(どの程度)修正されるかは不明ですが、こうした視点は、イスタンブール条約の規定および各国における実施状況とあわせ、日本でも参考にすることが必要でしょう。

 なお、女性・女児に対する暴力に関する特別報告者をはじめとする国連人権専門家は、スペインの裁判所の実務について、
「裁判所は、子どもの権利条約がその逆でなければならないという明確な指針を示しているにもかかわらず、いずれかの親との接触を維持することが、たとえその親が暴力的または虐待的であっても常に子どもの最善の利益にかなうと判断し続けている」
 などと指摘し、「子どもの監護権およびドメスティックバイオレンスが関わる事案への、ジェンダーに配慮した。子ども中心のアプローチ」の適用を司法制度において確保することなどをスペイン政府に対して求めたこともあります(Spanish courts must protect children from domestic violence and sexual abuse, say UN experts、2021年12月9日;Facebookへの2022年2月15日付投稿も参照)。

 また、同特別報告者は現在、「片親疎外」などの概念が各国の裁判所等でどのように扱われているかに関する情報募集も実施中です(提出期限:2022年12月15日)。共同親権の問題について正しく知ってもらいたい弁護士の会〈「片親疎外論」がDVや虐待被害者に対する二次被害になっている件について、国連が情報を募集しています〉参照。

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