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プリズム劇場#006「後ろめたさを持つのをやめた人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/64fe9de609e82e735114eb1f
【YouTube】
https://youtu.be/L0h5nV2qy0k
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


「はい、はい、予定通りで」

 そう言って電話を切ると、部下の野村香菜子が声を掛けてきた。
「横井さん、そろそろ出ますか?」
 時計を見ると、クライアントとの約束の時間まであと30分程だった。
「ああ、そうしようか」
 そう言って俺はジャケットと鞄を手に取った。
 左手の薬指にはまだ真新しい銀色の指輪が光っている。自分でもまだ見慣れず、目に入る度ににやけそうになる。

 クライアントとの打ち合わせも問題なく終わり、和やかな空気になる。
 先方の新村巧さんは新人の頃から可愛がってもらっている。初めて会った頃より白髪が増え、貫禄が増した気がする。最近打ち合わせに参加するようになった中村健太郎君は、うちの野村と入社の年が同じなため、是非ともいい関係を続けて欲しいと思っている。
 ふと、新村さんは俺の手を見て
「横井君、結婚したの?」
と聞いてきた。
 俺は浮かれる気持ちを抑えつつ
「実はそうなんですよ」
と答えた。
「へー! この色男を射止めたのはどんな女性なんだい?」
と興味津々そうに新村さんは言った。
 そう言えば昔、余りに浮いた話がなさすぎると女性を紹介されそうになった事があった。
 新村さんは
「写真ないの?」
と聞いてきた。
「ありますよ。見ます?」
と言うと、新村さんは目を輝かせて
「いいのかい?」
と言った。
 野村は驚いた顔をして
「いいんですか?」
と言った。
「いいのいいの」
と言って、俺はスマホで結婚式の写真を表示し、新村さんに見せた。
 新村さんは輝いた目でスマホを覗き込み、写真を見た瞬間、驚愕の表情をした。新村さんはスマホと俺を3回交互に見て
「君、これは、その、男性では?」
と聞いたので、俺はニッコリと笑って
「俺の夫です」
と答えた。
 新村さんは
「ああ、そう、そうだったの。いやぁ、知らなかった」
と、ハンカチで汗を拭き始めた。中村君もまん丸の目で俺を見ていた。
「夫と言っても、法律婚はできないので、パートナーシップ制度なんですけどね」
と言うと、中村君が
「結婚式はどちらで上げたんですか?」
と聞いてきた。
「オランダだよ」
と答えると、はにかみながら
「オランダかぁ。かっこいいですね」
と言った。俺は笑顔で
「ありがとう」
と答えた。

 帰りのタクシーを待っていると、野村が眉間に皺を寄せながら
「本当に良かったんですか?」
と聞いて来た。
 何の事を言っているかはわかっていたが、あえて
「何が?」
と答えた。野村は
「旦那さんの事です。新村さん、明らかにたじろいでいたじゃないですか」
と、クラスの男子に怒る学級委員のように言った。
「社長には俺が言いたかったら言っていいって言われてるからいいんだよ」と言うと
「旦那さんは横井さんが他人に写真見せてる事、ちゃんと知ってるんですか?」
と聞いて来た。ああ、野村が心配していたのはそっちか、と意外に思いながら
「だいじょぶだいじょぶ。俺達ラブラブだから」
と冗談っぽく言うと、野村は
「上司の惚気とか気持ち悪いんで止めてください」
と心底嫌そうな表情をした。
 その時、社用携帯が鳴った
「はい、横井ですけど」
と言うと、か細い声で
「あ、あの、中村です」
と聞こえた。
「ああ、先ほどはありがとうございました」
と言うと
「あ、あの、取引先の方にこんな事言うの、恥ずかしいんですけど」
と、言うのでなんだろうと思っていると
「ご、ご相談したい事があるんです」
と言われた。
 俺が首を傾げながら野村を見ると、野村もつられるように首を傾げた。

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