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プリズム劇場#005「人をダメにするソファから立ち上がる人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【standfm】
https://stand.fm/episodes/64fe9c451f016b9f1a1679b1
【YouTube】
https://youtu.be/WAXXMLhIH7E
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


「え? どういう事?」

 ビーズクッションに寝そべりながら、ゲームを操作している総一郎に向かって言った。総一郎はテレビから視線を逸らさないまま
「だから、仕事辞めた」
と言った。
「辞めたって、まだ一週間も経ってないじゃない」
 総一郎は
「合わない仕事を続けたってしょうがないだろ」
と、何でもない事のように言った。私は足がジンジンしている事に気が付いた。
 家に帰って来てから一度も座っていない。テレビから爆発音のようなものが聞こえると、総一郎は大袈裟に
「あちゃー」
と言った。
 そして、私が家に帰ってから初めて私の方を見て
「今日、夕飯何?」
と言った。

「どうすれば続けられる仕事が見つかるんでしょうか」
 私は園児達のお昼寝の時間に隣の席の武井さんに言った。
 武井さんは私が新卒で入職して以来ずっと隣の席で、歴代の彼氏の事を一番よく知っている人だ。
 武井さんは言った。
「そんな男、別れなさい」
 彼氏の話をすると武井さんは必ずこう言う。
「じゃあ私はどうやって生きていけばいいんですか?」
 武井さんは呆れた顔をしながら
「はあ?」
と言った。
 武井さんの口からそんな音が出たのは初めてだった。
「あなたには仕事だってあるし、自活する能力もある。そんな男いなくたって生きていけるでしょ」
と武井さんは叱るように言った。
「でも、誰かから愛されたいじゃないですか」
 武井さんは眉間に皺を寄せて
「あなた、まさか今自分が愛されてると思ってるの?」
と言った。
 私がきょとんとした顔をしていると
「あなたにとって、愛されてるって何?」
と聞かれた。
「彼氏がいる事ですかね?」
と、答えると、武井さんは大きなため息を吐いた。
「馬鹿ねぇ。関係性の名前に愛は関係ないのよ。仲の悪い夫婦なんていくらでもいるでしょ」
と武井さんは言った。
「確かに……」
と、私が言うと
「自分を大切にできない人間は、人から大切にしてもらえないの。自分を大切にするためには、まず、自分を大切にしない人間から離れなきゃいけないの。だから、別れなさい」
 武井さんは真剣な表情でそう言った。
 私は呆気にとられながら
「なんだか、お母さんみたいですね」
と言った。
 武井さんは
「全く、手のかかる娘だこと」
と冗談めかして言った。

 次の日曜日、総一郎はいつもの仲間達とツーリングに行ったので、私は部屋の荷物を大急ぎで段ボールに詰めていた。
 自分一人分ならば大した事はないと思っていたが、2年分の荷物は思ったより溜まっていた。
 玄関のチャイムが鳴る
「はーい!」
と言って出ると、引っ越し屋のスタッフが3名立っていた。
 3名に荷物の搬出をお願いすると、片付いていない荷物に戸惑っていた。「同棲していたんですけど、私だけ出ていくんです」
とちょっとばつが悪そうに伝えると、3人は
「ああ!」
という表情をして、てきぱきと私の荷物だけを出してくれた。
 私の荷物がなくなっても、部屋は大きくは変わっていないように感じた。この部屋での生活は、総一郎を中心に回っていたのだ。
 私は部屋の鍵と、メモに
「あばよ!」
と書いてテーブルに残した。

 引っ越し先の新しいアパートの前に、武井さんと同僚の本間真弓が立っていた。
「なんで?」
と驚いていると、武井さんは
「明日遅刻されたら困るからね」
と言い、真弓は
「武井さんから面白そうな話聞いたから~」
と笑っていた。
 私は二人に抱き着いて
「愛してる!」
と叫んだ。

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