見出し画像

プリズム劇場#004「茨から離れる人」

こちらはラジオドラマ番組『小島ちひりのプリズム劇場』の作品を文章に起こしたものです。
是非、音声でもお楽しみください。
【stand.fm】
https://stand.fm/episodes/64fe9b8309e82e735114eaf7
【YouTube】
https://youtu.be/rWCkMmMPZ4U
【その他媒体】
https://lit.link/prismgekijo


「オランダで結婚式しようか」
と、聡は言った。
 俺は口を開けたまま固まり、フォークに巻かれたパスタがするすると落ちていった。
 俺の反応を見て、聡は
「オランダが遠いなら台湾でもいいよ。達也はタキシード似合うだろうなぁ。黒もいいけどグレーかな? ネイビーもいいかも」
等と妄想を広げ始めた。

「いやいやいや、待てよ。結婚式って、そんなのできるわけないじゃん」

 俺は慌てて言ったが、聡はきょとんとした表情で
「なんで?」と言った。
「だって、俺達男同士だぜ?」
 聡は
「それこそ今更だよ。何のために付き合ってんだよ」
 と呆れたように言った。
 何のために付き合うのか。そんな事考えた事なかった。
 とりあえず俺は、この関係の先に結婚なんて考えた事なかった。

 次の日、ぼんやりした頭のまま稽古場へ行った。俺が着いた頃にはもう、新人の女の子達が掃除を終わらせていた。
 今年入ったばかりの元木芽依と田代琴が元気に挨拶して来た。挨拶を返すと、モジモジする元木に対し、田代が肩をぶつけている。
 不思議に思っていると、元木が
「あ、あの、竹本先輩って、彼女さんとかっているんですか?」
と聞かれた。
 ああ、成る程、成る程。
「恋人って事?」
 確認してもしょうがない事を、ついつい確認してしまう。
 元木は緊張した面持ちで
「は、はい」
と言うので、軽い感じで
「いるよ」
と答えた。
 すると、元木と田代は目を見合わせキャッキャと喜び始めた。思っていた反応とちょっと違う。
 元木は目を輝かせながら
「今、好きな人がいるんです! 今度相談に乗ってください!」
と言ってきた。
 俺は勢いに押され
「お、おう……」
と言ってしまった。
 田代は
「ずっと男の人に相談したかったんですけど、まともな人がなかなかいなくて」
と訴えるように言った。
「俺、別にまともじゃないよ」
と言ったが
「まともな人は、自分はまともだと言いませんから」
と田代は自信満々に言った。
 確かにそれは言えるかもしれない。
 その時、演出家の吉田さんが入って来た。吉田さんは大きな声で
「だからよ、あいつホモだったんだよ。まともじゃねぇよ。あんなに女のファンがいるのによ」
と言いながら入って来た。一緒に入って来た制作の伊藤さんも一緒に
「マジでキモいっすね。ホモは駄目ですよ。オファーしなくて正解でしたね」
と言っているのが聞こえる。
 胸の奥がギュッと締め付けられるような気がした。元木と田代がヒソヒソ声で言う。
「キモいのはどっちよ」
「女優のおっぱいしか見てない癖に」
 俺は驚いて新人の2人を見た。
 元木と田代は慌てて
「シーッ」
と口に人差し指を当て
「今私達が言った事は内緒ですよ」
と言うので
「俺も同じ気持ちだよ」
と返した。

 稽古が終わった後、いつも通りデリバリーの仕事をした。依頼を受け、荷物を受け取り、自転車を漕いで届ける。その繰り返し。
 車道を走っていると、歩道に高齢の女性と親子が何か話していた。親子の方の母親が高齢の女性に怒っているようだ。親子はこちらの方向に向かって歩き出し、すれ違い様に顔を真っ赤にした母親と目が合った。
 自分を傷つけるような奴なんか、相手にしなければいいのに。
 赤信号で止まり、振り向いてみる。小さく見えたさっきの親子の向こうに大きな虹が見えた。
 俺は突然、どうして俺を傷つける奴と一緒にいるんだろうと思った。
 聡に電話を掛ける。聡は仕事中だったはずなのに、すぐに電話に出た。
「どうした? 何かあったのか?」
「俺、劇団辞めるよ」
 聡は驚いて
「は?」
と言った。
「劇団辞めて、聡と結婚式する」
 聡からなかなか返事が返って来なかった。
 何か言うべきか迷っていると
「オランダの式場は最短で来月取れそうだけど」
と返って来た。
 仕事が出来る奴は話が早すぎて困る。でも、それくらいの勢いが必要なのかもしれない。

いただいたサポートは作品創りの資金に使わせていただきます!