連続短編ドラマ「いっとき！」第一話

【登場人物】
　田中トキ（5）少女
　田中キン（25）旅館の仲居。トキの母
　糸井修真（23）常慶寺の僧侶
　長野永昌（60）常慶寺住職
　小杉タマ（37）和菓子屋の女将
　小山ナカ（42）キンの同僚
　
　ナレーション

〇下布田宿・景観
　　　人々が賑やかに往来している。
ナレーション「おはようございます。本日かから始まりました『いっとき！』どうぞお付き合いの程、よろしくお願いいたします。ここは時は昭和五年の甲州街道の宿場町、下布田宿でございます。東京と甲府を行き交う旅人が集う、それはそれは賑やかな町です」

〇下布田宿・大通り
　　　田中トキ（5）が全速力で走っている。
ナレーション「こちらが田中トキ。御年五歳。この物語の主人公でございます」
　　　トキを追いかける小杉タマ（37）。
ナレーション「おや？　何かただ事ではない様子です」
タマ「待てー！　この盗人がー！」
　　　トキは振り返りながら必死で走る。
タマ「その子を捕まえておくれ！」
　　　タマも必死で追いかけて来る。
　　　路地を曲がるとするトキ。
　　　トキは糸井修真（23）にぶつかる。
　　　修真は簡易的な法衣を着ている。
トキ「わぁ！」
　　　転ぶトキ。
　　　修真はトキに手を差しのばす。
　　　タマが追いついてくる。
タマ「この盗人が！」
　　　トキは慌てて立ち上がると駆け出す。
タマ「待てー！」
　　　タマは曲がり角まで来るが、息切れがして走れない。
修真「すみません」
タマ「なんだい？」
修真「あの子は何を盗んだんですか？」
タマ「饅頭だよ」
修真「饅頭？　それを何個？」
タマ「一個だよ」
修真「饅頭を、一個？」
タマ「お前さん、まさかたったそれだけでって思ってるんじゃないだろうね？」
修真「まさか。何があっても盗みは盗み。ただ」
タマ「ただ？」
修真「もしあの子が、ちゃんと謝ったら許してやってくれませんかね？」
タマ「あんたが捕まえてくれるって言うのかい？」
修真「まあ、そんなところです」