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「私を忘れて生きろ」と大切な人に言った話。

 

Prologue



ささ・げる【×捧げる】

ささ・げる【×捧げる】
読み方:ささげる
慎みの心をもって、神仏や目上の人などに物をさし出す。たてまつる。献上する。「神前に五穀を—・げる」「この小著を亡き母に—・げます」




粛々とした時間がすぎる。やることが決まっているから、淡々とこなすしかないのだ。ふとカレンダーを見ると住所をうつしてからまだ2ヶ月しか経ってはいないではないか。私にこの毎日は激動すぎる。

それにしても、河内長野の夜は静かだ。


「私を忘れて生きろ」と言った話


今日は私と元夫の結婚記念日だ。なぜこの日かというと、RADWIMPSの野田洋次郎が大好きな私が「0426ヨージロー」の日がいい!と言ったからだ。
彼は別にいつでもよかったみたいだが、私の熱烈な希望をすんなり受け入れてくれて
いいじゃん、し(4)あわせに(2)なろう(6)」の意味もあるね、と言ってくれた。



当時大学生の彼と、若いときからずっといっしょにいた私たちは、ラブラブ♥とかではなく、常にボケとツッコミの攻防戦、遊ぼうぜ!いいぜ!のやりとりなど、はたからみるとただの親友のようだったと思う。

元夫のおときちは、人間として生きるには欠落している部分があまりにも多い私の欠落しているピースを一つ一つ拾ってくれて、私という形にあてはめてくれて、接着剤までつけてくれるような、そんな人だった。

どこからどう見ても、いいやつ。
おときちは穏やかで、芯があって、面白くて、言語化がうまい、そして愛がある、本当にいいやつだ。


そんなおときちとスーパー円満離婚をした。
このあたりの話はおときちが文章にしてくれてる。

離婚に至るまでの話し合いは、お互いをいがみ合ったり、お互いが嫌な気持ちになるもので一切なかった。
常にお互いがお互いを尊重し、心のそこから互いを大事に思った結果、私たちは離婚届を出した。

お互いの親に話し、私がSNSで離婚を発表して、おときちが文章を書いてくれて、いざ私が家を出る日、がらんとしたリビングに地べたで座って2人で泣いた。

私はそのときすべての愛をひっくり返して、喉の奥から言葉を出した、もしかしたらとても暴力的だったかもしれない。今まで約10年彼に厳しい言葉を吐いたことはなかった。絞りでた言葉は

「いいか、まずご飯を食べて。毎日を生きる。私がいなくてもしっかりご飯を食べるんだ。そして、私を忘れて生きろ。私を忘れて幸せな毎日を生きること。」

と伝えた。

かなり強い口調で言ってしまったなぁと、後悔しながらスーツケースを手に家を出ようとしたら、夫が玄関先で大泣きしながら

「かめきち、ありがとう。一緒に暮らせて楽しかったよ」

と言った。

いろんな言葉を紡いできた私たちだが、流石に涙が止まらなかった。

家を出て、新幹線に乗るまでわぁわぁと泣きながら大阪に向かった。



大事なものを掴むにはなにかにしがみついていたら手に入らない



大阪で仕事をしていると、保護者から「かめきちさんって本当に大阪に引っ越してきたんですか?!」と言われる。
今日、むらかみさんが『この人すべてを投げ出して大阪にきたんです』と言ってくれた。

そう、私はあたらしいものを手に入れるために、大半を投げ出して大阪にきた。腹をくくったのだ。

この腹のくくりようを迷った時期に教えてもらったことがある。それは

新しいものを掴むにはなにかにしがみついていたら手を伸ばせない」
ということ。

両手ですでにものを持っていたら、新しいものは持てないのだ。

いろんなやり方はあると思う。
手を増やす。すでにもっているものをボックスにいれる。など。
だが私は、本当に本当に大切なものはずっと持っていたいのだ。


だから、持てなかったものがたくさんある。

けど持てなかったものを決して捨てるわけではない。


今私は別の考え方を持っていて
新しいものを手に入れるには、もともと持っていたものを捧げる
という思考が強い。


ささ・げる【×捧げる】

ささ・げる【×捧げる】
読み方:ささげる
慎みの心をもって、神仏や目上の人などに物をさし出す。たてまつる。献上する。「神前に五穀を—・げる」「この小著を亡き母に—・げます」

私の現在の行動のアウトカム(出力先)は
「こどもの生活が豊かになること」、ただそれだけ。それがすべて。



Epilogue

私と出会ってくれて、私と関わってくれたすべての人が
愛でいっぱいになり、幸せで豊かな人生を歩めることを心から願っています。



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