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子ども時代に出合う本 #15 4~5歳児の心の成長に寄り添う

友だちと共に育つ時期


 前回の投稿から少し時間が経ってしまいました。今回も4~5歳の子どもたちの心の成長に寄り添う絵本の紹介をしていきたいと思います。

 この年齢の子どもたちの特徴といえば「友だち」の存在を求め、「友だち」との関係性を学びはじめる時期だといえるでしょう。

 3~4歳になると、友だちと一緒に遊ぶことが増えますが、それぞれが自己中心性をもっており、関わり合っているけれど、協働するというところまではいかないことが多いのです。自分の関心がほかに移ってしまうと、友だちと一緒に始めたことも途中で投げ出して次の遊びに行ってしまいます。

 ところが4~5歳。幼稚園でいえば年中~年長組になってくると、友だちと話しあい、役割を分担し、一緒にひとつの目的に向かって何かを作り上げるということが出来るようになります。

 砂場で一緒に高い山を作ってトンネルを掘るとか、ままごと遊びでもそれぞれの役割に応じてストーリーを演じるとか、一緒に同じ目的に向かって遊び、やり切った後の達成感も共有するという姿がみられるようになります。友だちと一緒だったら、少しくらい大胆なことも出来てしまう。そんな時期です。

 したがって「友だち」がテーマの絵本は、その頃の子どもたちにとって心の成長に寄り添ってくれるものが多いのです。

 我が子にも何度も読んだ絵本に『とん ことり』(筒井頼子/作 林明子/絵 福音館書店 1989)があります。この絵本は、文庫でも大人気、多くの子どもたちに親しまれてきました。


 この絵本は、福音館書店月刊誌「こどものとも」1986年4月号でした。当時、年中組の先生として子どもたちに読んであげた時の記憶が鮮やかに蘇ります。

 山の見える町へ引っ越してきたばかりのかなえの家のドアの郵便受けに「とんことり」と何かが届けられた音がします。

 かなえが「ゆうびんやさんの音がした」と言うと、引っ越しの片付けで忙しいお母さんはまだ誰にも新しい住所を教えていないから、気のせいだというのです。

 でも、かなえが玄関へ行ってみるとすみれの花束が届いていました。ドアをあけても誰もいません。次の日も「とんことり」と音がしたので、かなえが急いで玄関へ行くとたんぽぽの花束が届いていたのです。でもやっぱりドアの外には誰もいませんでした。

 かなえは、その花を届けに来てくれたのは誰か、ずっと気になっていました。新しい家、新しい町、そして引っ越しの片付けで忙しいお母さん。「ともだちがいなくてつまらない」とつぶやいた時、また「とんことり」と思がします。

 郵便受けには今度は手紙が入っていて「ともだちはいいです とてもうれしいです まっています」と子どもの字で書いてあって、かなえはこれまでの花束も手紙も自分あてだと確信します。

 4度目の「とんことり」の音がしたとき、かなえは「まって、まって!まってよう!」と大声で叫びながら玄関へ急ぎました。ドアをあけると、知らない女の子が門から出ていくところでした。

「あの・・・すみれ・・・あたしに?」と聞くと、女の子が頷きます。
たんぽぽも手紙も、その女の子からだったのです。

 女の子はもじもじしながらも、「あそびに いこうー」と誘います。そこから見開きページ、そして最後のページにはことばがありません。

 ふたりの女の子が満面の笑みを浮かべて、たんぽぽやすみれの花が咲き乱れる丘の上を補助輪付き自転車を駆け、ボールで遊ぶ姿が描かれています。

「あそびに いこうー」

 この年齢になってくると、もう誰でもいいという感じではなく、友だちも合う、合わないが出てきます。自分と気が合う友だちに出会えるって、子どもたちにとっても嬉しい出来事なんです。

 この絵本は、そんな友だちに出会っていく過程が描かれている。かなえが引っ越してきたことを近くで見てくれていた子がいて、いきなりではなく、少しずつアプローチしてきて、徐々に出会う準備が出来ていく。子どもたちはかなえと自分を重ねて、ドキドキしながら期待に胸を膨らませていくのです。

 クラスで初めて一緒に読んだ時、ドキドキしている気持ちがクラスの子どもたちから、伝わってきました。

 この絵本は子どもたちは家庭に持ち帰り、家でも読んでもらいます。すると幼稚園で読んでもらった時に気づかなかったディティールに、その後気づいていくのです。

 それは、友だちになった女の子が、実は最初の見開きページの中に描かれ、かなえが新しい家に入っていくのを遠くから振り返って見ているのです。初めて町へ買い物へ行った時にも、新しく通う幼稚園に見学に行った時も、遠くからかなえを見つめる女の子が描かれているのです。

 子どもたちは絵を読むので、それに気づいていくのです。そうすると、かなえの気持ちだけでなく、かなえと友だちになりたいと思っている女の子の気持ちにも感情移入をしていく。

 そして、友だちっていいな、という想いが最後の見開きページでパッと花開くのです。

 そんな心の動きを丁寧に描いた絵本として、今もずっと読みつがれているのです。


友情を育てるために


 幼い子どもと言えども、この年代になってくると友情も単純ではなくなってきます。友だちと比べて自分を見つめるということが始まっていきます。

 これまでも何度か引用してきた今井和子氏の『子どもとことばの世界―実践から捉えた乳幼児のことばと自我の育ち』(ミネルヴァ書房 1996)には、

―第4章四~五歳児のことば 第1節自負心と誇り― 
 また、友だち関係ができてくることから、競争心や自負心がめばえてきて、自分と友だちの能力を比較し自信をなくしたり、反対に自信家になったり、感情の起伏が激しくなってきます。負けたくない気持、自分が一番でいたい気持から周囲とよく衝突し、空いばりしたり、必要以上に自分の力を誇示したり、強情ばりという異名をもらったりすることが多くなります。
 また、自分の提案や要求がおとなや友だちに拒まれることも多々経験します。そんな時二~三歳児は、泣きわめいたり、じだんだふんで怒ったり激しい混乱ぶりを全身で表し時間をかけて気持をおさめていきました。が、四~五歳児は「なんでだめなの?」「どうして」と問いかけ、理由を聞いて、「じゃあ、〇〇すれば入れてくれる?」と条件をつけたりして自分の要求を通すために、少しずつ自分ががまんすることも身につけていきます。実際には、拒否されることばかりでなく、自分が拒否する立場になることも経験します。その両方の立場に立つことによって、自分を相手の経験に重ねあわせて考えてみることが可能になってきます。
(p111~112)

と、書かれています。友だちとの関係を通して、自分をみつめ、相手の気持ちを受け入れることも身につけていく。まさに、内省と葛藤を通して、協調性を身につけていく過程にあるのです。


 そこで思い出したのは、かつて文庫に通ってきていた年中組の女の子が大好きだった絵本、『ギルガメシュ王ものがたり』(ルミドラ・ゼーマン/文・絵 松野正子/訳 岩波書店 1993)です。

 バイオリンを習っている可愛らしい女の子だったのですが、この絵本が大のお気に入りで、何度も何度もこの絵本を借りていきました。前回、長男が『スーホの白い馬』((モンゴルの昔話 大塚勇三/再話 赤羽末吉/画 福音館書店 1967)を何度も借りてきたと書きましたが、まさにこの女の子にとっては、それが『ギルガメシュ王ものがたり』だったのです。


 5,000年以上昔にメソポタミアで粘土板に記されたという世界最古の物語のひとつ、ギルガメシュ叙事詩のはじまりの部分を、セサミストリートのアニメーションなどの仕事をしてきた作者が、子どもにも楽しめるように工夫して書いた三部作絵本の一冊です。


 シュメール人の王、ギルガメシュはウルクの都を治めるためにと太陽神によってこの地に送られます。

 ギルガメシュ王は大変強かったのですが、心を開く友だちがおらず、孤独ゆえに気難しく残酷になっていきます。自分の強さを誇示するために高い城壁を築き、人々を酷使します。

 それを見た太陽神は女神に命じて、ギルガメシュと同じように強いエンキドゥという人間を作らせ、動物と暮らすように森へ送ります。それはギルガメシュが人間とともに暮らしたのに、人間らしい心にならなかったからでした。

 エンキドゥは動物たちのことを思いやり、優しい人になりました。ただ、人間を見たことがなかったため、動物を狩りに来た人間を襲い、動物たちを助け出します。

 狩人から「世界一強い人がいる」と聞いたギルガメシュ王は、歌の上手いシャマトの歌と美しさでエンキドゥをおびき出して来るように命じます。

 しかし森の中でエンキドゥに出会ったシャマトは、やがて彼の優しさに惹かれるようになり、愛し合うようになります。そしてエンキドゥは「ウルクにいって、ギルガメシュとたたかう。きみのため、人びとのために、いのちのかぎり」と決意します。

 そしてギルガメシュ王とエンキドゥの闘いが始まります。二人とも互角の強さで、なかなか勝敗がつきません。しかし突然ギルガメシュ王の足元の石が崩れギルガメシュ王が城壁から墜落しかけた時、エンキドゥは咄嗟に王を救い出すのです。

 そこでギルガメシュ王は、人間らしい心を、真の優しさを知り、ふたりは親友になったのです。それからというもの、ウルクは安らかな都になったのです。


 友情を育てていく上で何が大事なのかを、この絵本は伝えてくれています。さまざまな葛藤や困難を乗り越えることで、友情も育っていく。

その真実の姿が、子ども騙しではなく、丁寧に描かれている。絵は決してカラフルで可愛らしくはないからこそ、子どもの心を惹きつけるのです。

まさに、子どもの成長に寄り添うからこそ、この絵本が読みつがれているともいえるでしょう。


文字に興味を持つ時期だからこそ「耳から聴く読書」を


 さて、この年齢の子どもたちを持つ保護者の方に、声を大にして伝えたいことがあります。

 それは、文字に興味をもちはじめ、文字を読めるようになっても、絵本は読んであげてほしいということです。

 文字を読む読字能力と、物語を読んでその世界観を想像し、行間を読めるという読解力の発達には、2,3年のギャップがあります。文字を読めるようになる時期が、早くなって幼稚園の年中組になると読める子が増えてきますが、文字を読んで行間を想像し、物語を立ち上げていくのにはまだ人生経験も少なく、イメージが広がらないことがあるからです。

 「耳から聴く」ということを、文字が読めるようになっても続けることが、深い読書ができるためにもとても重要なのです。

 これまで33年間の文庫活動の中で、その傾向がはっきりと見えてきています。文字が読めるようになった途端に「自分で読みなさい」と言って、読んで聞かせることを止めてしまうとその後の読書習慣が身につかない一方で、小学生になっても読み聞かせを続けている家庭では、子どもたちが読書好きになって小学校高学年以降も深い読書が出来るようになっているのです。

 次回は、その「耳から聴く読書」の重要性について、もう少し詳しく書きたいと思います。

(続く)






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