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『名付けようのない踊り』「脳みそが、海に沈んでいきそうな感じ」

■ Watching:『名付けようのない踊り』

田中泯という人を知ったのはいつのことだったか。確かなことは忘れてしまったけれど、その名をしっかりと記憶したのは映画『るろうに剣心』シリーズを観たときであったように思う。若い俳優たちにもまるで見劣りせぬ身のこなしと目が離せなくなるような存在感とが強く印象に残った。

そのとき気になって調べ、彼が俳優である以前にダンサー・舞踊家であることを知った。他の多くの俳優とは違う独特の経歴が、その無二の存在感に繋がっているのだろうか。なんだか面白そうな人だと直感的に思った。

それから出演作を意識して追っていたというわけではないが、ドラマや映画で彼を目にするたび、それとなく注目して見ていた。ダンサーなんだよな、どんなダンスをするのだろうと気になってもいた。

そんな数年来気になる存在であった田中泯のドキュメンタリー『名付けようのない踊り』が公開されたと知り、映画館に足を運んだ。


ポルトガル・サンタクルスの路地での、始まりの踊り "Dance of the Beginning"が、私の目撃した初めての田中泯さんの踊りになった。

その踊りは、踊る田中泯さんは、全てが剥き出しになっているようにも、幾重にもなった幕を隔てているようにも思えた。正直に言うと、それは怖かった。踊りも、田中泯さんも。踊りが田中泯さんに引っ張られているのか、田中泯さんが踊りに引っ張られているのか。どちらが主体なのか、どちらが意志なのか、分からなくなるようだった。

この人はどうやってこの"踊り"から戻ってくるのか(または、戻ってこれるのだろうか)と考えると、どこか恐ろしく感じられた。

その答えは、最後に用意されていた。映画の最後のシーンでまた、舞台は冒頭のサンタクルスの路地に戻る。画面に映る、踊りを終えた田中泯さんの姿。踊りの余韻をたっぷり残してゆっくりと、でも確実にこちらへ帰ってくる田中泯さんの様子がそこにはあった。

「脳みそが、海に沈んでいきそうな感じ。あー、幸せ。」

帰ってきた彼はそう言った。幸せ。そうか。映画を通して見てきた、この踊り、この経験は、この人にとって幸せなものなのかと思った。この言葉とそれを発した田中泯さんの笑顔が、強く印象に残った。

(2022.02.24)

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