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ドロボーネコ

「何よ、いいからさっさとかえしなさいよ、このドロボーネコ!」

エリのかん高い声が教室中に響き渡った。いつものケンカだ。リカとは仲が良いようで、でも良くケンカもした。しかも周りの迷惑も考えず、大声でやり合うからタチが悪い。仲裁したところで明日にもなればいつもの仲良しに戻るのだから、手を貸しても疲れるだけだった。担任の京香は関わるまいと目を伏せてふたりを見ないようにしていた。まるでお腹の子に何かあったらどうしようか、とでも言いたそうな様子だった。周りにいた同級生たちも二次被害に合わぬよう、各々そっとイスを立ち安全な場所へ避難しようと動き出していた。まるでパッドで見た「ライオン対サーベルタイガー」のようだ。私はそんなふたりを見ながら、ふとそんなことを考えていた。いつもの大声も慣れてしまえば大したことはない。至近距離で小鳥の群れが大合唱しているようなものだ。できれば小鳥の方がワタシには100倍はカワイらしいと感じられるのだが。

「何よ、アンタだってこないだワタシのに手ぇだしたじゃん!」
リカも負けてはいない。やられたらやり返すのが彼女ら流儀のようだ。その声はとなりのクラスのシンジくんにも聞こえていそうだ。渦中のシンジ君、君ってまるで肉食動物が奪いあうシマウマさんのようだ。気をつけないと、すぐ食べられちゃうから。ワタシには無表情に空を見つめるシンジ君の姿が、壁を透けて見えるようだった。


楽しいお昼休みなのに、これじゃうかうかお弁当も食べられない。ワタシは京香先生の方をみたが、先生は私と目が合うとわざと視線をずらした。「あ、逃げた…」これ以上関わらせないで、先生は私たちに向けて全身で精一杯のメッセージを放っていた。ワタシは隣に座っている親友のマイと目を合わせると「もうしょうがないよね。台風といっしょで、過ぎるのをじっと待つしかないじゃん。」とお互いの気持ちを察しあった。

それにしても、この時代に「ドロボーネコ」とはいかがなものか。古くはアニメ「サザエさん」のオープニングに登場していたようだが、聞くところによればすでにほとんどの日本人はサカナをくわえたネコなど見たことがないそうだ。なんならワタシはおサカナを干している光景にすら出くわしたことがない。そんなことを考えないながら、ワタシはぼんやりとふたりの姿を眺めていた。

「恋愛にオクテなのは男子だけ、女子はいつの時代もガッツリいかないと。」そう言えば昨日ヘビロテのウェブ記事にそんなハナシがあがってて、ワタシとマイはキャーキャー言いながら恋バナで盛り上がった。そういえば、今後男女の婚期は遅れても恋愛自体はいっそう低年齢化する、そんな未来予想まであるらしい。でもそうしたら、ふたつ下の妹のクラスにまでこんな修羅場がまき起こるのかも…そんなことを考えだしたら、ワタシは少し目まいと頭痛がしてくるように感じた。

ため息をついて、天井を見上げてみる。「ああ、ワタシの愛しい妹よ。あともう数年だけ、どうか純粋なままでいておくれ…」ワタシはそんなお祈りをしそうになって、ふと我にかえって赤面した。ダメダメ、神様にそんなことお願いするもんじゃない。私の胸では「きりんぐみ」と書かれた、お星さまの形をした名札が静かに揺れていた。


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