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映画のクライマックスを見れない女

母である。

母には映画の一番いいところが見れないという特殊な呪いがかかっている。

そんな母の恐ろしい呪いに気づいたのは、今から20数年前のこと。
当時高校生だった私は、ジブリの最新映画「もののけ姫」が公開されたことを知り家族に声をかけた。
そして母と私、当時小学生だった弟と三人で観に行った、んだと思う。
実は母の呪いを目撃した衝撃で、弟がいたかどうかの記憶が少々飛んでいる。
でもその頃の弟はよく私と一緒に行動していたので、たぶんいたんだと思う。

久々の家族での外出、久々の映画館、最高にワクワクしていた。
加えて、大好きなジブリ!
オオカミのかたわらに美少女が佇んでいるポスター!
好き要素満載で期待に胸がふくらむ。
しっかりパンフレットを買い、席に着いた。

映画が始まった。
内容も、久石譲の音楽も全てが私の心を揺さぶってくる。
人間の強さ、醜さ。自然を地球や全ての生き物たちから奪い、自らのものにしてしまった人間という存在。
だけどその罪深さも抱えた上でしっかり前を向いて生きていくサンとアシタカの姿に、人間の希望を見た気がした。
どんな平和教育よりも心に刺さり、私の人生に間違いなく影響を与えた映画だ。

そんな私の人生の礎となる作品のクライマックスにさしかかった頃だった。
隣にいる母がおもむろに立ち上がった。

「トイレ行ってくるね。」
母はそう言って、腰をかがめながら静かに席を後にした。

やりやがった。

ークライマックス見ないとか頭おかしいー
ーお母さんにもたまにはゆっくり映画を楽しんでほしかったのにー
ートイレ行きたいならせめて、もう少し前の段階で行けばいいのに
 なぜこのタイミングでー
ーうそ、うそでしょ。こわいー

結局、母はエンドロールが流れ始めたころに戻ってきた。
私の心には、素晴らしい映画を映画館で観ることができた感動と、
その素晴らしい映画を尻目にトイレへ向かった母への怒りやら悲しみやらが入り混じった複雑な感情がエンドロールのように流れていった。

その後違う映画を観に行った時も、母は同じ過ちをおかした。
どうも、我慢しすぎて、結果として抜群のタイミングでトイレに行くハメになる呪いがかかっているらしい。
母曰く、「しょうがないじゃん。」とのこと。
その呪いに気づいて以来、母と映画館に行くことはなくなった。

母はそもそも、テレビで放映される映画の方が気楽でいいらしい。

家族でも色々な価値観があることを知った10代の頃の話。




#映画にまつわる思い出


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