散花 Ⅰ
二〇一八年 十月 某日
(一)
真っ白な煙が重なる。それらが肌を攫っていくのを、迷わずじっと見つめていた。それからぼやぼやと視界をぼかしていく。花が散るように見えた。ボックスとジッポーだけ握りしめて、苦さに酔いながら歩く。南六条、背の高い立体駐車場からしきりに響くサイレン。
「車ガ出マス、ゴ注意クダサイ。」
優しくない、空っぽなこの街。どこかちぐはぐなネオン。その安っぽさが、まるで私の存在を許すかの様だった。フワフワと体が浮かび上がって、ほとんど無意識に細道に入る。コートのポケットは空っぽだ。そうして私は、これから小さな部屋で起こり得る物語の、一通りの台本をさらい直して、古びたビルへと姿を消した。
第一印象が重要な意味を持つというのは、現代社会において、例外はないのかもしれない。出会った瞬間に、どんな理想を持ってここへやってくるのか、内気か自信家か、プライドが高いだとか、私に何を期待しているのだとか、ほとんど全てが、その表情、仕草、話し方でわかってしまう。実に滑稽なことだが、その理想像を演じてやるのが公私共に私の性質で、生活の全てだった。
前髪を整え、口角を上げる。
現金七万円の入った茶封筒をポケットに押し込む。足早に信号へ向かい、何食わぬ顔で煙草に火をつける。寒空を切る風がスカスカと足元を走り去っていくのが見えた気がする。まだ十七時だというのにあたりは薄暗い。冬が来る。
私は何処にも行けなくて、それでいて何処にも居場所はなかった。胸の奥からじわじわと込み上げる虚しさを飲み込むみたいに、思い切り煙を肺に入れ、そしてため息と一緒に吐き出した。現実を何かに例えるなら、水で薄めた猛毒を、時間をかけて投与されているような、ぼんやりとした生ぬるい感覚だ。冷静にはなりきれず、どこか自分を甘やかしているのが逆に痛い。いっそこの煙のように散ってしまえたらいいのに。
"掛け持ちのバイト"まで、時間を潰さなければならない。行く宛もなく歩き疲れて、当たり障りのないという言葉がお似合いなカフェを見つけた。壁紙の古い柄や黄ばみ、統一感のない雰囲気が、なんというかこう、やはり当たり障りがないのだ。強烈なオーラを放つ手作りのメニューを適当に指し、煙草を咥えた。
私が心に余裕のある人間なら、この絶妙な違和感にさらされることなく珈琲を味わえたのだろう。軽食の皿を空け、伝票を見る。雑に並んだ数字になんとなく納得がいかず、「物を知らないということはなんだか損だな」などと思いながら、私は店を後にした。
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