金魚掬い 第八話
菜々美は私の心配を余所に、すくすくと育っていった。もうすっかり娘らしくなてもよい歳になっても、私の前では少女のようなあどけなさをいつも醸し出していた。それが私に対する気遣いから来るものだということに、私は長い間気付かなかったのであった。
その頃、菜々美は学校から帰るとまず私の部屋にやってきては、その日に起こったことを楽しげに話してくれるのであった。
冬は編み物をしながら、紅茶を片手に話すのが彼女の日課であった。
ある日、いつもより菜々美の口数の少ないことがあった。手には編み物があり、一所懸命に手を動かしていたから、私はそれをむしろ微笑ましくみていた。
その日は稀に見る吹雪であった。昼間でも明かりがいるような薄暗さであった。それでも私はどんなに天気が悪かろうとも、カーテンを閉めたりはしなかった。
時折強い風が雪を伴って、窓にその身体を打ち付けていた。私はその音を妙に心地よく感じていたので、天気の荒れるときほど不思議と窓の方へと意識が傾くのであった。
ふいに窓が大きく揺れた。
窓を背にした菜々美は、思わず振り返った。そのまますぐにこちらを向くのかと思ったら、彼女はいつまでも窓の方を向いていた。しかしこちらからその横顔を見ていると、彼女は窓を見ているわけではないことにふと思い当った。
彼女の瞳はぼんやりとしていて、何かを見ているようで何も見ていないような、そんな瞳をしていた。
その瞬間、ふいにあの子を遠くに感じて、声をかけるのを躊躇った。
その躊躇いがすぐそこではなく、遥か遠くから来ることに気が付いたのは、やっと最近になってからであった。
この子はひょっとして、恋をしているのではないかしら。そのときの私は、まずそう思った。
そう思って見やると、私が思っていたあの子とは別人の顔がそこにあるので、私は驚いた。それは慣れ親しんだ少女の横顔ではなく、一人の女の顔であった。
その瞬間私は、何か訳のわからない怒りのようなものを抱いた。それが彼女に対するものなのか、自分に対するものなのかはわからなかった。
そして私はやっと気が付いたのだった。あの子が私の前で見せる少女らしさが、私に対する気遣いから来るということに。
私は知らず知らずのうちに、あの日以前に菜々美が確かに持っていたであろう屈託のない少女らしさを、あの子がこの歳になっても、押し付けていたのであった。
菜々美はそれを確かに感じ理解した上で、尚それに反発などということはせずに、只々一所懸命に応えてくれていたのであった。
そのことが尚更あの子から、一足も二足も早く少女らしさを奪ったということにも気が付かずに……。
未だこちらを見やることのない菜々美に耐え切れずに「どうしたの」と尋ねると、彼女ははっと我に帰ったようにこちらを向き、何でもない、と答え、また編み物の手を動かし始めた。
その際見せた余りにも少女らしい笑顔を見て、先ほどとは違うはっきりとしない怒りに似たようなものが込み上げ、ふと私は涙ぐみそうになった。
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