金魚掬い 第十話
菜々美は近頃、以前のような快活さを急速に失っていた。歳のせいもあるはずだが、それでも私はそのことを自分のせいにし、そうして私自身を苦しめていた。
菜々美はそれでも、変わらずよく私の部屋にやってきては私の体調を気遣い、私によく話しかけてくれた。
それでも、ふとした拍子に彼女が黙り込むことが増えた。そのようなとき、私はたまらなく不安になった。どうしたの、と尋ねても、勿論笑顔で何でもない、と答える。私のことではないのだろう、そうわかっていても、私の中にはまたあの、苦いような酸っぱいようなざらっとした味が、拡がっていくのであった。
菜々美が私に、本当に話しかけてくれることは、もうないのであろうか。
私とあの子の間にあるように思われる、互いの顔は見えるのに、決して割ることのできない透明の何かを、見つけてしまうのは、私だけなのであろうか。
沈黙が沈黙を重ねていくうちに、いつしか沈黙であることを忘れてしまったような、私とあの子の間にあるものは、もうどうすることもできないのであろうか。
そんなことをぼんやりと考えているうちに、またもや沈黙が拡がっていた。
こんなことを思っていようとは、菜々美は思っていないかもしれない。
こんな思いをあの子に漏らしても、またあの日のように、丸い目をきょとんとさせるのではないか。
それが怖くて、私は言い出せなかった。
同時に彼女に何か言われるのも怖くて、私は遂に一度も口にしなかった。
私を苦しめているのは、菜々美なのか、あの日の私なのか、それともあの日を後悔ばかりしている今の私なのか、私にはわからなかった。
私は、弱い。
しかしそれでも、この苦しみのなかに、もしかすると、はっきりとした生を実感しているのであった。
菜々美、菜々美……ごめんなさい。
直接言えない私を、許してください。
私は、あなたのことを一番に考えてあげる、べきだった。
それができなかった、私は、弱いわね。
どうか、強く、生きてください。
しなやかに、生きてください。
私のようには、ならないでください。……
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