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金魚掬い 第四話

菜々美は、いい子すぎた。それが私を、不安にさせた。

元々、聞き分けのよい子供だったのは確かだが、あの日―夏祭りの日―以来、菜々美は一層「お利口さん」になってしまった。

菜々美は本当に、あの日の出来事を忘れてしまったのだろうか。あの無垢な瞳が嘘をついているとは、とても思えなかった。思いたくもなかった。

あのとき、聞いてさえすれば。

そうすれば、今こうして書き記していることも、なかったのかもしれない。

あのとき、後々のことを考えてさえすれば。

しかし、私は怖かったのだ。

あの子に、拒絶されるのが。

あの子を、更に傷つけるのが。

いや、綺麗ごとを言うのは止そう。私は、あの日の出来事を思い出すのがいやだったのだ。あのようなことで、心を取り乱してしまった自分自身の弱さを、認めたくなかったのだ。

あの日以来、私と菜々美の間に特に変化は見られなかった。菜々美は相変わらず私に話しかけてくれたし、ことあるごとに「お母さん大好き」と言ってくれた。

ただ、私におねだりをしなくなり、夏祭りに前ほど行きたがらなくなった。

このような菜々美の変化に、勿論美代子さんは気が付いていただろう。私が気づいていなかった、菜々美の変化をも見抜いていただろう。

しかし私は、ただの一度もそのことについて彼女に話を持ちかけなかった。彼女も、またそうだった。

それ以来、あの日に起こったことは、小さな小さな石を括り付けられて、家という深い海の底に沈められてしまったのだった。

私は今やっと、その括り付けられた石を頼りに、海の底を探し回っているのであった。

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