シェア
saki.
2016年3月16日 06:27
彼女が初めて実家に来た時、僕の母は「少し変わった子ね」と言った。「そうかな」「悪い意味じゃないわよ。なんかこう、少し独特ね」「少し独特」だと「独特」ではないのではないか、なんて僕は思ってしまったのだけれど、そんなことを言うと母が不機嫌になるので、辞めて置く。「まあ、ゆっくり喋る子ではある」「そうよ。あなただってだいぶ、ゆっくり喋るようになったじゃない」「そうかな」「一緒
2016年3月14日 05:44
「おかえり」と僕は言った。「ただいま」と彼女は言う。「クロワッサンは買えた?」「ええ。あなたにはフランスパン」「雨はひどくなかった」「大丈夫だったわ。焼きたてだったの。あんまり冷めてないといいのだけれど」「コーヒーを入れようか」「ええ、お願い」「せっかくだし、豆から挽くやつにする?」「そうね。日曜日だものね」「それとも紅茶にする?」「ううん。紅茶にはマド
2016年3月12日 01:53
僕は洗濯が嫌いな方ではない。あの決まった手順を淡々とこなすのが好きなのだ。細いハンガーにはズボン太いハンガーにはシャツ。洗濯ばさみがたくさんついている、何と言ったかあのやつにも決まりはある。下着は真ん中、靴下は外側。勿論、靴下のペア同士は隣り合っていないといけない。というようなことを彼女に初めて喋ったとき、彼女は持っていたマグカップをテーブルに置いて、笑った。「そんなに面白かった」「え
2016年3月10日 07:57
彼女はとにかくゆっくりと喋る。彼女の世界と僕の世界のテンポはどことなくずれていて、つまりボタンを一つかけ間違えた世界に互いに住んでいる。僕が焦っていて言葉を端折ったり、怒っていて言葉を乱暴に扱ったり、悲しんでいて言葉を失ったりしたとき、彼女はとても丁寧に、僕が落とした言葉を一つ一つ拾う。そして埃をそっとふきとり、彼女の柔らかい手の盆に乗せて渡してくれるのだ。「おはよう」と彼女が言った。
2016年3月6日 04:59
「湖畔がいいわ」と彼女は言った。「湖畔?」「そう、湖畔。湖のほとり。」「湖か」「そうよ。興味ないかしら」「興味なくはないけれど」「湖畔で、何を」「そうねえ」「まあしろなワンピースを着るのよ。そして、洗濯をするの」「洗濯」「そう、洗濯」「洗うのも白い服?」「ええ、白い服しか洗わないの」「僕のシャツは洗ってはくれないの?」「そうねえ」「まあし