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顧客の価値形成プロセス No.5 「価値共創におけるサービス提供者の資源統合とサービススクリプトの活用」を読んで

 さて、今回も、「顧客の価値形成プロセス」に関して書かれた論文の要約と感想を書いていく。今回の論文は、美容師が持つ「サービススクリプト」が、美容師と顧客のやり取りによってどのように変化していくのか、をテーマにした論文だ。一見マーケティングとは無関係に思えるが、示唆的な内容が多くあった。

論文の要約

 筆者は、サービス・ドミナント・ロジックについて、「価値を共創するプロセスに参加する個々の資源統合者に社会的文脈とそのシステムに埋め込まれた人間の複雑な本質が抜け落ちているようにみえる」とし、Edvardsson, Tronvoll, & Gruber (2011)を引用して「個人が生活を送る上での社会、それに関連した幅広い関係のパターンが組み込まれていることを理解する必要があることが示唆される」と主張する。同時に、サービス提供者に対しては、「顧客の価値認識の側面だけでなく、顧客のサービス消費状況における決定と行動について実際的な本質がどこにあるのかを探り出す必要がある」と提言している。

 リピーターの獲得を目指して、サービス提供者は、自身のサービススクリプト(職務要件や手順を指定した従業員行動を規定しているもの)に照らし合わせながら顧客と接する。同時に、サービススクリプトは、「追加で利用者から関連した詳細な情報を得ることで、サービスプロセスをカスタマイズしていくことにも使われる」のだ。

 美容室での観察とインタビュー結果を通して、筆者は、「価値は文脈のなかで見いだされるため、関連した要素、客の行為と社会での関連性を思い起こすためのツールとして」サービススクリプトが機能し、同時に、客の次回の来店時の台本としての役割を持っている、としている。それこそがまさに、「サービス提供者」が「顧客と相互作用している」ということだ。この論文で述べられる価値とは、「顧客のニーズや理解だけではなく、顧客の生活や社会的システムのなかで蓄積された経験と結びついている」のだ。

論文の感想

 まず、阿曽氏が指摘している「社会的文脈とそのシステムに埋め込まれた人間の複雑な本質が抜け落ちている」という部分だが、サービス・ドミナント・ロジックにおける「文脈価値」という考え方は、この要件を満たさないのだろうか、と思った。

 競争される価値は、顧客の背景・事情等の「文脈」によって「文脈価値」として顧客に受け取られる-。このような考えはまさに、「顧客のニーズや理解だけでなく、顧客の生活や社会的システムの中で蓄積された経験」と結びついて生まれる価値だと思うのだが、いかがだろうか。

 今回のテーマは美容師だったが、美容師に限らず、ありとあらゆるサービスにおいて、「顧客が持つ”文脈”を察知し、それを織り込んだ価値共創を行う」ことの重要性は明らかだろう。価値共創は企業がコントロールできるものではない、という観点からすれば、「顧客が持つ文脈が、価値共創に与える影響を正しく考慮して企業活動を行うべき」という風になるだろうか。

 一方で、美容師とほかのサービス(例えば日用消費財)の相違点として、「顧客とコミュニケーションできる文脈の豊富さ」が上げられる。美容師であれば、自らのスキルを提供しながら、顧客とコミュニケーションし、常に自分の「サービススクリプト」を更新できる。一方で、消費財の場合、顧客の購入・利用の地点においてタイムリーにコミュニケーションできるわけではない。もちろん、昨今の技術を活かせば、ある程度は可能だろう。だが、美容師のように「即時に」「インタラクティブな(相互作用的な)」コミュニケーションが取れるわけではないだろう。だからこそ、消費財においては、顧客が購入・利用する際の「文脈」を想像し、それに合わせて、コミュニケーションをデザインする、ということが重要なのだと思う。

 論文内では、「今後、幅広い分野での調査実績と蓄積が必要」とされていた。それと同時に、「企業において、美容師にとっての「サービススクリプト」に当たるものは何か?それはどのように形成され、(顧客との相互作用を基に)更新されるのか?」という点は、今後考えていきたい。


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