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子育ての無力感、達成感


私は料理が好き。
それがなぜだかわからないけれど、独身の頃から本屋では必ず料理本のコーナーに立ち寄るし、料理番組はついつい見てしまってた。
そして、主婦になった今も、相変わらず「料理を作る時間」に癒されているように思う。

最近は、もう一つ好きなことができた。
それが「ブログを書くこと」だ。
薬膳の学びを深めること、薬膳をたくさんの人に知ってもらうこと、薬膳で誰かを元気にすること、そんなことを目的に毎日書いていたブログに、いつの間にか自分が癒されるようになっていた。

そういえば、昔流行ったmixiにもよく何かを書いていて、それを友人に面白いっていわれたっけ。


全く違う2つの好きなこと。
だけど、その2つの共通点を見つけたのだ。

それが“達成感”
しかも、割と短いスパンでの達成感だ。


例えば、料理は作って完成して食べる。
それは長くても数日しかなく、大抵は数十分程度のもの。
ブログも何日も書くものではなく、1時間程度で完成する。


この2つは、完成した喜びがある上に、食べてくれる人や読んでくれる人のリアクションがまた嬉しかったりする。


実は他にも好きなことはあるのだけど、つまみ食い程度にしかやれてない。

例えば、洋裁。
洋裁学校の先生だったというプロに、型紙をおこすところから習ったこともある。
自分の体型に合った服が完成した時は、それはもう嬉しかった。
その時作ったノーカラーの黒のジャケットは、今でもちょっとしたフォーマルな場で活躍する。

ただ、服が完成するまでのスパンはとても長い。
何を作ろうかと考えて、それに合った布を探して、水通しをして乾かして…。
そこからやっと先生のもとで型をおこして、1回に2時間。
4〜5回通ってやっと完成する。
だから、なかなか気軽にできなくて、今はすっかりミシンから遠ざかってしまった。

そう考えると私がずっと好きなものって、「短いスパンで達成感を感じられるもの」なのかもしれない。


じゃあ今、私が毎日向き合っている「子育て」は?
このことに対して、実は毎日のように私はモヤモヤとして1日を終える。

最近になって、そのモヤモヤの正体に気づいた。
達成感がないのだ。

これをやったぞ!これができたぞ!
そういう明確なものがない。

むしろ、「子育て」という言葉が違うのかもしれない。
子供は育てるものじゃない。
子供は勝手に育つもので、親は子供が道から外れすぎないようにちょっと見守るくらいしかできないように思う。

じゃあ、この「子供と過ごす毎日」の中で、私はどうやって達成感を感じたらいいのだろう?
「達成感を感じるものじゃないのだから、ただただ子供と過ごせばいい」と正論を唱えてくる人がいたら、私は「は??」と言い返したい。笑


だって、“達成感を感じたい”というのは、私の本能が求めているから。

ミスチルの『birthday』の歌詞を借りれば
“無意識が悟ったように 僕は僕でしかない”のだ。

つまり、無意識下で私は達成感を求めている。
だから、その気持ちにウソはつけない。


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先日、お風呂の中で長男Kに聞いてみた。
「Kは何をしている時が楽しいの?」

すると、こんな答えが返ってきた。
「折り紙したり、恐竜ごっこをしたり、あとシュークリームを作ったのも楽しかった!」

その日はたまたま、シュークリームを作ってみたいとリクエストをされて、子供たちと一緒に作ったのだ。

皮が焦げてしまって、ちょっと苦くて、成功とはいえないシュークリームだったけど、「何をしている時に楽しい?」の答えに、このシュークリーム作りが入っていた。

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子供たちが楽しいと思うことに、私は貢献できた。
なんだかそれがすごく嬉しかったし、なかなかめんどくさいシュークリーム作り(笑)をやってよかったなと思ったのだ。


大半を子供と過ごす1日。
子供たちを楽しませることができれば、少しは達成感を感じることができるかもしれない。
楽しませることができたかどうかは、子供たちの笑顔を見ればわかる。
こんなわかりやすい評価はない。


料理をしながら考えてたこの“子育て達成感”というモヤモヤ靄が少し晴れた気がして、それを残しておきたくて、いつもとは違うブログnoteに記しました。

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