くーちゃん
月末になると奥さんは仕事の締切に追われて、疲れてよく肩が凝る。寝る前、僕は奥さんの肩甲骨から肩にかけて指圧をしてあげる。この月は肩が本当に鉄板のように凝っていて、指圧をしている僕の指が痛くなるほどだった。指が痛くなっても、肩がほぐれないので、なかなか解放されないで指圧を続けていた。奥さんはまだ不満だったようだ。でも、僕の方が疲れて肩が凝ってきたので「今日はこれで良いでしょう」といつものセリフでおしまいにしてもらった。
奥さんの肩こりは少しましになったが、今度は僕の肩が凝って疲れが溜まってしまった。しかし、僕の肩をほぐしてくれるマッサージ師はいない。いつもそうなのだが、指圧が終わると僕は家の外に出て夜風に当たりながら散歩する。そうすると気分転換が出来て疲れが取れるのだった。
その日もドアを開けて外に出た。すると玄関の前に「くーちゃん」がいた。くーちゃんの名前は「くるみ」と言う。土砂降りの雨の日に友達になった犬だ。くーちゃんは夜の散歩の時間で、外に出た僕とちょうど鉢合わせになった。くーちゃんは黙って僕の顔をしばらく見つめていた。そしてそばに寄ってくると、アスファルトの上にゴロンと寝転んでお腹を見せた。「ありがとう」と、くーちゃんにお礼を言って僕はお腹をなでた。すると疲れが少し取れたように感じた。
僕がなで終わってもくーちゃんはゴロンしたままだ。「くーちゃん、寒い夜のアスファルトの上は冷えるからもういいよ」と言っても起きてこない。寝転んだまま、くーちゃんは僕の目をずっと見続けたままで動かない。
飼い主さんは「この子は何かをうったえてるわ」と言って、僕の顔をなんだか嬉しそうに覗き込む。くーちゃんはゴロンと寝転んだままで、僕に「まだお腹を触れ」と催促しているように見える。
僕はハッと気がついた。
「そうか、くーちゃんは僕が疲れているのを知って、腹を触って疲れを取れといってくれているのだ」と。
犬にはこんな役目があると僕は知らなかった。正直に打ち明けると、僕はついこの間まで犬が怖かった。しかし、勇気をだして心を開いて犬に近づくと、犬は人間の心の機微や体調を敏感に察知して癒やしてくれるのだった。
くーちゃんの飼い主さんは、「ようやくわかったのね」と言わんばかりの微笑みをたたえながら僕の顔を見ていた。
寒くなってきたのでくーちゃんを見送って家の中に入った。
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