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頭の良さって、学歴じゃない。頭の良さは、『邪気』の有無で決まる!

 幼い頃から、周囲の頭の良い人たちを見てくると、いろんな共通点があることに気づく。

 頭の良い人は、先ず、童顔が多かった。自己主張に要らぬエネルギーを使わず、『邪気』がなく、とても『素直』な性格の人が多かったと記憶する。

 物事を『素直』に捉えて、課題を遊びのように解いて行く。そこには、全く『邪気』がない。目立ちたがり屋でもなく、常に、温厚な性格だった。

 時には、常に気合を入れ苦学している人もいたけれども、最終的には、『邪気』のなさへのベクトルに舵を切り、ひたすら『素直』に接していたように思えてならない。

 筆者が強烈に記憶する優秀な人が数人存在する。

 一人は、とても読書が好きで、小学校から高校までに、書籍が床から天井まで何十往復するほど読書を楽しんでいた。ただ、文系は天才的に強いが、理数系が苦手だったような気がする。

 また、もう一人は、色白でなかなかいい男だった。高校時代からかなり達筆で、短時間に一気に文章を書き上げる能力を持っていた。性格は温厚で、目立たず、常にマイペースの人で、現在、ドイツ語及びドイツ史を専門とする学者(国立大学教授)になっている。

 次の一人は、高校二年生までは全く頭角を現すことは無かった。或る時、培風館の参考書を手にして、それに傾注して行った。いつの間にか、厳しい顔が柔和になり、今では麻酔科専門の医師として活躍している。

 また、学校から帰れば、相当気合を入れて教科書中心に勉強していた人もいた。自室の天井から、5教科の教科書をゴム紐でぶら下げている。現国の教科書を引っ張ったり、日本史を引っ張ったりして、ランダムに遊び読みしていた。筆者が知る友人の中では、かなり独特でレアなるスタイルかと。現在、大企業の重役となっている。

 以上の友人たちは、皆、『邪気』はないが、自分の『信念』だけは絶対に曲げないほど頑固で、『根性』は座っていたようだ。

 『地頭が良い』ということを聞いたことがあるが、『地頭』はほぼ変わらないと筆者は思っている。ただ、そこに『邪気』があり、『素直』さがなければ、どんどん『自己顕示欲』ばかりが表に出てしまい、折角の才能を自分で潰してしまう。

 中には、『真面目』に、『努力』に『努力』を重ねて、頂点を極めた人もいる。その人は冗談が通じないほど『真面目』で『邪気』がなく、人当たりも言葉もとても丁寧。更に、『約束』を絶対守る人であった。現在、全国でも癌の権威ある医者として活躍している。

 また、別の例を挙げれば、筆者の知り合いで弁護士さんが数人いるけれども、その中で、夫婦が弁護士の家庭の話。それは、奥様の末の弟が出来が悪いと嘆き、すったもんだしていたが、結局、奥様が弟の家庭教師をすることになった。

 その奥様曰く、「うちの弟は進学校と言っても、どん尻だったんですよ。五百人中、五百番。でね。教科書を徹底して学びなさいと指導したんですよ。そしたらね。教科書だけで東大法学部に合格し、今は同じく弁護士になってますよ!姉である、私が腰を抜かしたくらいです!諦めていたんだけど。」とニコニコして語ってくれた。

 畢竟、素晴らしい先輩(先生)のノウハウやアイデアを注入すれば、グズグズしていた人が『邪気』なく、『素直』に物事に立ち向かい、『信念』をもって進むようになり、誰しも頭が『覚醒』し、『変化』そして『進化』するのだろうと。

 従来の教育は『記憶力』を中心としたものであったが、単なる『記憶』=『知識』だけでは、何も『応用』できるはずはなく、『実戦』に役立たずとなる。要は、頭に『リレーショナルデータベース』を構築し、『論理思考』がどれほど突出するか否かで、『頭の良さ』が決まってしまうのだ。

 以上、筆者なりに過去を振り返り、近しい優秀な人たちの共通点なり、その他、成功事例なりを語ったが、『並みの頭』の筆者が物申しても、申し訳ないが、説得力に欠けるかも知れない。

 しかし、既述は全て『事実』であることを、確と申し伝えておきたい。

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