東京下町おうちご飯#22 コーヒーミル

私の祖父はコーヒーが好きだった。食器棚の引き出しを抜き出して ネジで大きなコーヒーミルを括り止める。食器棚が傷つかないようにスーパーのチラシを折ってしいて挟んでいた。豆を入れて銅色の大きなハンドルでガリガリとコーヒー豆を挽いていく。狭い台所から食卓へとコーヒーの香りが漂っていた。本当に残念でならないのだが 私はそんな祖父のコーヒーを飲んだことがない。小さすぎたのだ。コーヒーの香りは好きだったが、お酒と同じで大人の飲み物なのだと思っていた。飲みたいとも言わなかった。そうして月日が経ち、私は祖父のコーヒーを試さないまま。祖父は早くに亡くなってしまった。コーヒーの 香りのするセピア色の思い出である。

豆は引いたものを買っていたけれど、最近コーヒーミルを買った。ハリオのガラス製のものだ。祖父のものとは比べ物にならない、コンパクトタイプ。引き出しをぬき出さなくて良いので 風情は劣るがとても便利だ。

つやつや黒々のコーヒー豆を 一人分 10グラム。一息つきたいお茶の時間は 費やした時間も休息になるのだと思うから わざわざ手間をかける意味があるのだなと思う。手間も味の一つになる。

ハンドルを回し コーヒー豆をゴリゴリと挽きながら 私は祖父のコーヒーの味を想像していた。

#エッセイ #料理 #コーヒー


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