記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

映画「ONODA 一万夜を越えて」感想

 一言で、小野田寛郎陸軍少尉の約30年間に渡る島の潜伏生活を克明に描き、青年との交流を経て、日本に帰国する実話を基にした作品です。数奇な運命に翻弄されても、「生きること」を貫いた彼の精神力に驚きました。

※ここからはネタバレなので、未視聴の方は閲覧注意です。
 昭和49年(1974年)9月15日、フィリピンのルバング島に、一人の青年(鈴木紀夫 (演: 仲野太賀))が来訪します。彼は、ジャングルの奥地の川の側でテントを張り、ラジオから民謡を流して、まるで誰かを待っているようでした。
 時を同じくして、刈り取った草木を身に纏った一人の中年男性兵士(小野田寛郎 (演: 津田寛治))が、ジャングルで花を摘み、それを地面に置いています。一言、「誰も、忘れない。」と呟きながら。それから、川を流れるタバコの箱を見て、民謡を聴いた小野田は、川の側で偶然にも鈴木と邂逅します。それは、小野田が見えない「敵」と戦い続けて一万夜を迎えた日々が、終わりを迎えることになったきっかけとなりました。

 終戦間近の昭和19年(1944年)、陸軍中野学校二俣分校で秘密戦の特殊訓練を受けていた若き小野田陸軍少尉(演: 遠藤雄弥) は、劣勢のフィリピン・ルバング島にて援軍部隊が戻るまでゲリラ戦を指揮するよう、命令を受けました。「君たちには、死ぬ権利はない」、出発前、谷口教官(演: イッセー尾形) から言い渡された最重要任務は“何が起きても必ず生き延びろ、いつか必ず迎えに行くときまで”であり、玉砕は決して許されませんでした。
 しかし彼を待ち構えていたのは、ルバング島の過酷なジャングルでした。食べ物もままならず、仲間たちは飢えや病気で次々と倒れていきます。それでも、小野田は生きるために、あらゆる手段で飢えと戦い、雨風を凌ぎ、必ず援軍が来ると信じて仲間を鼓舞し続けました。なんと彼の島での潜伏生活は約30年間にも渡り、谷口教官による「任務解除」の命令を受けられないまま戦闘を続行していたのです。

 本作観賞直後は、衝撃的なシーンに圧倒され、また余りにも多くの情報を叩き込まれたので、暫く感情の整理がつきませんでした。それでも、本作から私が感じたことは沢山あったので、それを5点にまとめます。

1. 「何があっても生きる」というメッセージがもたらしたもの  

 前述より、小野田氏は、秘密戦の特殊訓練での教育を受けた軍人でした。谷口教官の命令「何が起きても必ず生き延びろ」からは、現代の私たちにも通じる普遍性を感じました。
この時代は、「御国のために命を捧げろ」という思想がマジョリティだったはずです。しかし、それとは真逆の思想を唱え、行動した人がいたのもまた事実だったのです。
 しかし、たとえ同じ言葉でも、時代や置かれた状況によってこんなに捉え方や行動が変わってしまうことは、とても恐ろしかったです。ある意味、彼は谷口教官の命令を忠実に実行しようとしたけれど、同時にそれに支配され、縛られてしまったのでしょう。
 (Wikipediaより、) 小野田氏は、諜報のために、アメリカ軍基地の倉庫から奪取した金属製ワイヤーをアンテナに使ってラジオを作り、日本や海外の放送を聴いて、独自に世界情勢を判断しつつ、友軍来援に備えていました。また日本の短波放送だけでなく、後述する捜索隊が残した日本の新聞や雑誌で、当時の日本の情勢についても、かなりの情報を得ていました。捜索隊はおそらく現在の情勢を知らずに彼が戦闘を継続していると考え、あえて新聞や雑誌を残しましたが、彼は明仁皇太子成婚の様子を伝える新聞のカラー写真や、1964年の東京オリンピック、東海道新幹線開業などの記事によって、日本が繁栄していることは知っていたのです。しかし、諜報の士官教育を受けた故に、その日本はアメリカの傀儡政権であり、満州国に亡命政権があると考えていたのです。
 しかも、小野田氏は何度か投降を呼びかけられていても、終戦は偽の情報であり、敵対放送に過ぎないと思っていました。また、朝鮮戦争へ向かうアメリカ軍機を見掛けると、当初の予定通り亡命政権の反撃が開始され、フィリピン国内のアメリカ軍基地からベトナム戦争へ向かうアメリカ軍機を見かけると、いよいよアメリカは日本に追い詰められたと信じていました。このように、彼にもたらされた断片的な情報と戦前所属した諜報機関での作戦行動予定との間に矛盾が起きなかったことが、彼を30年間の潜伏生活の続行させる大きな要因となりました。

 小野田氏が教官の命令を絶対的に信じた姿勢には、ある種の「思想に対する純粋さや、任務に対する忠義心」があったと思いますが、それによって「喪ってしまった」ものは沢山ありました。それでも「生き延びることを諦めなかった」からこそ運命が開けたドラマチックな展開には驚きました。ある意味、「事実は小説よりも奇なり」なんでしょうね。
 尚、彼と同様に長期間潜伏生活をしていた軍人といえば、グアム島に約30年間潜伏した「横井庄一氏」を思い出しました。最も両者の経歴や帰国後の人生は異なりますが、生き残れたのは運だけではなく、軍人時代に培われたサバイバル能力や思想が大きく影響していたのだと思いました。

2. 人間、隔絶された環境に置かれるとどうなるか?

 本作は、「浦島太郎状態」が実際に起こったらどうなるか、という行動実験を克明に記録した作品だと思います。外部からの情報が隔絶された環境下に長期間置かれるとどうなるか?また、「情報を断片的にしか判断できず、ズレを修正できない環境」に置かれたらどうなってしまうのか?という状況がひっきりなしに続くのが、当事者視点だけでなく、第三者視点からも感じられました。ここは、映画「火垂るの墓」との共通点ではないかと思いました。しかし、小野田隊は軍人であり、サバイバル能力が高かったことで長期間生き続けることができた、ここは一般人で子供だった清太や節子との相違点です。最も、全く違う立場の人々を比較すること自体おかしいのですが。

 例えば、一つの知識を知っているか知らないかで生死が分けられてしまう恐ろしさを感じました。冒頭で、有毒植物の実を食べてはいけないことを農家出身の兵士が教えたことで、小野田隊は命拾いしましたが、先に食べてしまった水戸の三兄弟は死んでしまいました。
 また、厳しいジャングルにおける潜伏生活は厳しいもので、仲間がどんどんいなくなる恐ろしさを感じました。また、長時間過ごすうちに、仲間達の結束に綻びが生じていくのが克明に描かれていました。小野田隊の島田庄一元伍長は、牛を狩ろうとして現地人に銃殺され、赤津勇一一等兵は潜伏生活に限界を感じて離脱し、最も長く共に過ごした小塚金七元一等兵は吹矢で現地人に殺害されました。さらに、明確に亡くなった人物だけでなく、行方不明になったのか、その後が語られない人物が多かったのもリアルな後気味悪さがありました。
 島田氏の家族写真はとても切なかったです。彼も生き延びて帰国し、家族に再会してほしかったと切に願いました。
 小塚氏は、小野田氏と二人で生活していたとき、偶然アジトに迷い込んだフィリピン人女性に密告されることを恐れて殺してしまったシーンが胸糞悪かったです。私も女性なので。まして彼らが「女性に飢えている」話をした後の殺害シーンだったので、「魔がさした」としか言いようが無かったのがやるせなかったです。勿論、同情の余地はないですが。それでも、川の側で、小塚氏が現地人に吹矢で殺害されたシーンはただただ悲しかったです。(この現地人達は女性の知り合いの可能性が高く、恐らく復讐されたのだと思いますが、本作では詳細はわかりませんでした。)
 ※実際、一度残留軍の捜索隊がジャングルに来訪した際に、小野田氏と小塚氏は捜索隊のキャンプの中に侵入していたのです。そこでお互いが出会えていれば、二人とも生きて帰国できていたかもしれなかったと思うと、運命のすれ違いの悲しさを感じました。
 さらに、小野田隊が時折見せる表情や日記の内容、生活習慣から、彼らの半生がしみじみと伝わってきました。潜伏生活下でも、「生き延びるために日常の何気ない幸せ」を探そうとする姿からは、生き延びることへの執着が感じられました。

3. 伏線回収が見事

 途中で離脱した赤津氏について、私はその後どうやって日本に帰国したんだろう?と疑問に思いました。しかし、彼が生きていたことが巡り巡って小野田氏を救った、この伏線回収は見事でした。※5. に赤津氏の経歴は詳しく説明します。

4. 監督の姿勢や役者の演技が素晴らしい

 本作は、上映館が少なく、上映回数も少ない作品なのが、本当に勿体無いくらい素晴らしい作品でした。上映時間は3時間と長かったですが、小野田氏の行方を最後まで見届けたかったので、全く飽きなかったです。作中では、ハラハラするホラーやスリラー要素が盛り込まれており、また仲間との別れでは胸を締め付けられ、まるでジェットコースターやお化け屋敷を体験しているかのような感情の起伏が激しくなる感覚に襲われました。それでも、鑑賞後は小野田氏の屈強な精神力に感服していました。本作は、もっと「評価されるべき」作品ではないかと思います。

 本作の監督のアルチュール・アラリ氏はフランス人で、海外の方が制作した日本人が描かれています。海外では、小野田氏は「ラストサムライ」と称され、「美しいサムライ精神」、難しい状況にあっても簡単にあきらめない忍耐力、周りの人間に影響されず自分の生き方を貫き通す精神力、自分が生まれ育った国への誇りや配偶者・友への愛情を生きている限り抱き続ける忠誠心の象徴と言われています。
 しかし本作では、小野田氏をただの「勇敢な英雄」として描いてはいません。実際、小野田氏は生き延びるために多くの物や人を犠牲にしています。だからこそ、戦争や生や死を「美談」にせず、重いテーマに正面から向き合う覚悟を感じました。作中でも、”War is over.”と叫んだ現地の兵士を銃殺したシーンがありました。戦争中なら、敵への攻撃は「正当防衛」だけど、「もし終わっていた」としたら、「れっきとした殺人だ」にという言葉にはグサッと来ました。また、食料を奪うために、現地の農家の田畑に放火したり、牛を盗むために威嚇射撃し、島田氏を殺した現地人を捕虜として殺害したことも、現地人の尊厳を踏み躙った行為として描かれています。

 役者の演技も素晴らしかったです。まず、小野田氏を演じた津田寛治さんや遠藤雄弥さんがもう本人そのもので、日焼けして痩せていく様子は、本当に潜伏生活をしているかのようなリアリティがありました。また、鈴木紀夫役の仲野太賀さんも良かったです。小野田氏と鈴木氏が共に酒を酌み交わしたシーンからは、まるで止まった時間が動き出したかのような高い表現力を感じました。二人で撮影した写真も、実物と本作両方を見比べて、遜色ないクオリティでした。
 また、ロケ地はカンボジアだったようで、実際に潜伏したフィリピンのルバング島ではないものの、ジャングルの情景にはリアリティがありました。
 さらに、本作は台詞はそこまで多くはなく、むしろ表情や動作で「魅せる」演技を多く取り入れていました。台詞の中で特に印象に残ったのは、冒頭の小野田氏の仲間への弔いからの「誰も、忘れない」と、谷口教官に対する忠義からの「命令を、ください」です。どちらも短い言葉ですが、ここに至るまでには多くの気持ちが渦巻いており、一言では表現できない重さがありました。

5. 本作と史実との違い、本作では語られなかったこと

 本作と史実では、小野田隊二人の死因に大きな違いがあります。また、本作では赤津氏と鈴木氏のその後については詳しくは語られません。
 まず、島田庄一元伍長は、1954年5月7日に起きたフィリピン警察隊との銃撃戦で眉間を撃ち抜かれ死亡しました。
 次に、赤津勇一一等兵は、1949年9月にグループを離脱し、1950年6月にアメリカ軍に投降しました。1950年の戦闘での負傷でグループと離れ、意識不明のところを6月にアメリカ軍に発見されたと言われています。翌1951年に帰国し、小野田、島田、小塚の生存を政府に伝えたことで、捜索隊が動くきっかけになりました。
 小塚金七元一等兵は、1972年10月19日 - フィリピンのルバング島にてフィリピン警察官に射殺されました。この日本兵射殺事件を受け、厚生省援護局職員および小野田元少尉と小塚元一等兵の家族、戦友が逐次ルバング島に赴くことになったのです。
 鈴木紀夫氏は、ヒッチハイカーでバックパックの旅が趣味で、小野田氏に逢うためにルバング島へ来訪しました。彼は「パンダ・小野田さん・雪男に会うのが夢だ」と語っており、小野田氏発見後は、最後に残った「雪男発見」に情熱を注いでいましたが、1986年11月にヒマラヤ・ダウラギリIV峰ベースキャンプ附近で遭難し、翌1987年10月7日に遺体が発見され、享年37の短い生涯を閉じました。尚、小野田氏は、鈴木氏の死について、「死に残った身としては淡々と受け止めているが、友人の死は残念だ。」と語っており、小野田は慰霊のためにヒマラヤを訪れています。

 最後に、パンフレットは発行してほしかったです。登場人物同士がお互いがあまり名前を呼び合わないので、誰が誰かわかりにくい場面は多かったので。

出典:
ONODA 一万夜を越えて 映画公式サイト
https://onoda-movie.com/#

ONODA 一万夜を越えて
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ONODA_%E4%B8%80%E4%B8%87%E5%A4%9C%E3%82%92%E8%B6%8A%E3%81%88%E3%81%A6

小野田寛郎
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E7%94%B0%E5%AF%9B%E9%83%8E

横井庄一
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E4%BA%95%E5%BA%84%E4%B8%80

鈴木紀夫
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E7%B4%80%E5%A4%AB

ミドルエッジ 横井庄一と小野田寛郎。戦争に翻弄された帰還兵。
「恥ずかしながら帰って参りました」は流行語になりましたね。
https://middle-edge.jp/articles/Ktdfc

ブラジル日本文化福祉協会 ラスト・サムライ死す
https://www.bunkyo.org.br/jp/2014/02/17/hiroo-onoda/

この記事が参加している募集

映画感想文