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映画「トーベ」感想

 一言で、芸術家トーベ・ヤンソン氏の戦争経験や自由奔放な恋愛遍歴による「ムーミン」の誕生秘話が描かれます。芸術は、抑圧された環境や感情によって生み出されるものですね。ただし、かなり刺激の「強い」内容なので、鑑賞にはご注意を。

※ここからはネタバレなので、未視聴の方は閲覧注意です。
 トーベ・ヤンソンはフィンランド出身の女性画家・漫画家・児童文学作家で、世界的大ヒットキャラクター「ムーミン」の生みの親です。
 第二次世界大戦下のフィンランドのヘルシンキ、激しい戦火の中、トーベ・ヤンソン(以下、「トーベ」演: アルマ・ポウスティ) は自分を慰めるように不思議な「ムーミントロール」の物語を描き始めます。
 トーベの両親は芸術家で、元々は画家としてキャリアをスタートさせましたが、保守的な美術界では成功が難しく、父親で彫刻家のヴィクトル(演: ロベルト・エンケル) からは芸術家として生計を立てていくことを反対されます。そんな中、彼女は沢山の恋愛遍歴を経て、女性の舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラー(演: クリスタ・コソネン) と出会い、激しい恋に落ちます。それは、「ムーミンの物語」、そして自由を渇望するトーベ自身の運命の歯車が大きく動いていく瞬間でした…

1. 「ムーミントロール」って何者?

 ムーミンはカバに似ていますが、カバではありません!(笑)トーベが書いたスウェーデン語でのムーミンの名前は“Mumintrollet”で、日本語では英語読みの「ムーミントロール」と訳されています。このトロールというのは北欧の伝承に登場する妖精の一種です。西洋では妖精(フェアリー)やトロールの定義が明確ですが、日本では伝承や想像上のかわいらしいキャラクターを広く「妖精」と呼ぶことがあります。その意味では「ムーミンは妖精」は間違いとまでは言えません。
 一般的なトロールは、ある種は巨人だったり、小さかったりと、イメージはさまざまですが、たいていは毛むくじゃらで、暗いところを好む、ヒト型の生き物を指します。
 一方、トーベが生み出した「ムーミントロール」は、白くて、明るいおひさまが大好きで、伝統的なトロールや妖精とはまったく異なる、オリジナルの生き物です。
(出典: ムーミン公式サイト〜「ムーミンはカバじゃない! じゃあ何?」
https://www.moomin.co.jp/blogs/moominquiz/47048より)

2. トーベの嗜好やセクシャリティについて

 実は、彼女はヘビースモーカーで酒豪、執筆中もずっと咥えタバコ、酒が手放せない人でした。日本ではムーミンのアニメやグッズの影響で、「ゆるふわ系」な人という印象があるそうですが、実際はかなりファンキーな女性でした。尚、彼女の写真や動画を観ると、そのブッ飛びぶりがわかります(笑)
 本作でも、トーベがジャズ音楽「A列車で行こう」や「SING, SING, SING」のBGMに合わせて激しくダンスするシーンが多用されたので、私もテンションが上がりました。
 ちなみに、本作のポスターも、トーベ役の女優さんのアルマ・ポウスティ氏がダンスしている1ショットを撮っており、そのインパクトの大きさに惹かれます。最も、トーベの影がムーミンになっているのは良い工夫ですね。
 尚、エンドロールでは、実際のトーベ・ヤンソン氏が荒ぶったソロダンス(というか暴走?)を披露している映像が流れますので、是非お楽しみに(笑)
 また、彼女は、生前にバイセクシャルを公表しているため、本作では男性との性行為だけでなく、女性との性行為も描かれます。映画レイティングは「G」指定なので、この記事に閲覧制限はかけませんが、こういった「恋愛」や「セクシャリティ」、「性描写」に抵抗がある方は、閲覧・鑑賞注意です。尚、彼女の詳しい恋愛遍歴については、3〜以降で説明します。

3. 彼女の恋愛遍歴①〜トーベとアトス 実はアトスが「スナフキン」

 本作の序盤では、トーベは男性と交際していました。名前は、アトス・ヴィルタネンと言い、トーベいわく「生きる喜びを体現した哲学者」であり、スウェーデン語を母語とするフィンランド人向けの雑誌「ニィ・ティード」誌の編集長でした。また、1936年から社会民主党の国会議員も務め、のちに民主党員となった政治家でした。
 実は、「スナフキン」のモデルはアトスと言われています。スナフキンのトレードマークの古ぼけた緑色の帽子は、トーベの著書「アトス、わが友」にて、トーベがクリーニングに出そうと策略したアトスの帽子でした。スナフキンが自由をこよなく愛し、精神的にも強く、物に執着しないキャラクターになったのは、アトスの生き様が大きく関係しているようです。
 本作では、トーベとアトスは不倫・不貞関係にあった描写があり、同時にアトスの妻の存在も示唆されています。正直、ここまで有名人が不倫をしていたら、即スキャンダルとしてパパラッチにスッパ抜かれそうなのに、そういう事態に発展しないのは時代背景?国民性?でしょうか?※「国民性」というと語弊がありますね。フィンランド人の皆様全員が、恋愛に奔放な訳では無いので。
 しかし、トーベはアトスと交際中に、女性舞台演出家のヴィヴィカ・バンドラーと出会い、「同時交際」を続けます。※ヴィヴィカとの恋愛については次章で。
 やがてアトスは妻と別れ、トーベと婚約しますが、既にトーベがヴィヴィカに惹かれてしまった故に破局してしまいました。※史実では、トーベは子供を欲しがっておらず、父親や弟が従軍したことで、「子供を戦争に行かせなくない」と考えていたからとも言われています。
 尚、1954年にアトスは、舞踏家のイリヤ・ハーグフォーシュと結婚したので、トーベとの恋愛関係は解消されました。

(出典: CULTURE「誰かを崇拝しすぎると本当の自由は得られなくなる」
「ムーミン」生みの親の元彼はスナフキン https://courrier.jp/news/archives/91279/
ムーミン公式サイト〜「スナフキン」
https://www.moomin.co.jp/characters/snufkin)

4. 彼女の恋愛遍歴②〜トーベとヴィヴィカは「トフスランとビフスラン」

 本作中盤より、トーベは女性舞台演出家のヴィヴィカと電撃的な出会いを果たし、激しい恋に落ちます。実は、彼女もトーベと同じくバイセクシャルなのでした。ヴィヴィカは既に次期市長候補のクルト・バンドラーと結婚していたものの、トーベとの「同時交際」も続けます。しかし、この時代、フィンランドでは「同性愛は精神疾患で犯罪」と捉えられていたため、交際がバレると、最大で懲役2年の実刑が下されてしまいます。そのため、2人は暗号を利用しながら秘密裏にコミュニケーションを取っていました。ヴィヴィカが仕事でパリに行ってからも、そのやり取りは続きました。それがコミックス「ムーミントロールと地球の終わり」で登場する「トフスランとビフスラン」のモデルになったと言われています。彼らは、常に一緒にいて離れることができない二人組で、自分たちにだけ通じる秘密の言葉を話すため、多くの人が理解できません。見分け方としては、赤い帽子を被っている方が「トフスラン」です。それぞれの頭文字をつけて、この名前になりました。
 しかし、ヴィヴィカは夫と別れることはなく、トーベにも「結婚って便利よ」と生活のために結婚することを勧めます。また、ヴィヴィカはトーベ以外にも他の女性と恋愛関係にあったため、やがて二人の恋愛関係は解消となりますが、仕事のパートナーとして、友人としての交流は生涯に渡って続きました。実際、「ムーミン」の舞台化の成功は彼女なくしてはあり得ませんでした。しかし、トーベはヴィヴィカを「竜」に例えており、彼女が執筆した絵本「ムーミントロールと小さな竜」では、最後に「竜は大自然に放さないといけない」と書いています。多分、ヴィヴィカは「恋愛と結婚は別」というタイプなのかもしれません。

(出典: ムーミン公式サイト〜「トフスランとビフスラン」
https://www.moomin.co.jp/characters/thingumyandbob
ムーミン公式サイト〜「ムーミントロールと小さな竜」
https://www.moomin.co.jp/books/67361)

5. 彼女の恋愛遍歴③〜トーベとトゥーリッキ、「おしゃまさん」は生涯に渡るパートナー

 ヴィヴィカとの恋愛関係を解消後に出会ったのが、本作終盤に登場するトゥーリッキ・ピエティラ(演: ヨアンナ・ハールッティ)です。彼女は、アメリカ合衆国ワシントン州シアトル生まれのフィンランド人グラフィックデザイナーにして教授でした。トーベとトゥーリッキは芸術の方向性が異なっていましたが人生の価値観は共通しており、同棲生活を始めました。二人とも手作業を好み、旅行やビデオ撮影、のちには縮尺模型を共通の趣味としていました。やがて、ムーミンの人気によってブレッドシャール島への記者やファンの訪問が増えると、二人は離れ小島のクルーヴ島(フィンランド語版)に小屋を建てて移り住み、夏はクルーヴ島で過ごし、冬はヘルシンキのアトリエで寝泊まりしながら共同制作をしました。
 尚、フィンランドでは1971年に同性愛が非犯罪化され、1981年に疾病分類リストから削除され、2017年には同性婚が合法化されました。そのため、二人の関係性は、「秘密」の関係から、「公認」の関係へ変化していったのです。
 ちなみに、彼女は「おしゃまさん」(原語では「トゥーティッキ」)のモデルになっており、「ムーミン、海へいく」や小説「ムーミン谷の冬」に登場します。おしゃまさんの聡明で、手先が器用なところは、正にトゥーリッキそのものでした。
 実は、本作ではトゥーリッキのことはあまり深く掘り下げられていないため、気になる方は書籍やネットにて調べてみてください。

(出典: トゥーリッキ・ピエティラ
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BB%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A9
ムーミン公式サイト〜「おしゃまさん」
https://www.moomin.co.jp/characters/tooticky)

6. トーベの両親〜ムーミンパパとムーミンママ

 本作はスウェーデン語で描かれたフィンランド映画です。父ヴィクトルはスウェーデン語系フィンランド人、母シグネはスウェーデン人で、トーベの母語もスウェーデン語です。よって、トーベはムーミンの小説や絵本をスウェーデン語で書きました。
 スウェーデン語もフィンランドの公用語ではありますが、フィンランドにおけるスウェーデン語系人口は当時で国民全体の10%未満、現在は約5%だと言われています。トーベは普段暮らしている街や学校で耳にする言葉のほとんどが自分の言語とは異なるという言語的少数者でした。
 ちなみに、ムーミンパパとムーミンママのモデルはトーベの両親と言われています。作中におけるムーミンパパは、黒いシルクハットとステッキがトレードマークで、家族を守り、助けるためには労を惜しまないキャラですが、その一方、好奇心が強すぎて、家族を振りまわしてしまうこともあります。一方でムーミンママは、働き者で家族思い、周囲のために尽くす一方、自分の意志を持って行動し、どんな困難にも立ち向かい、なんでもこなしてしまうスーパーウーマンとして描かれています。
 作中では、ヴィクトルの死後の遺品整理をトーベとシグネでやっている時に、トーベがスクラップ帳を発見します。そこには、新聞に掲載された「ムーミン」の漫画のスクラップが集められていたのでした。芸術家としての方向性の違いで父親とは確執があった彼女でしたが、父親も彼女の成功を認め、密かに応援していたのです。映画ではここは大分アッサリと描かれていましたが、本作はトーベの恋愛遍歴がメインなので、父親についてはこれくらいのバランスに収まったのでしょう。

(出典: ムーミン公式サイト〜「ムーミンパパ」
https://www.moomin.co.jp/characters/moominpappa
ムーミン公式サイト〜「ムーミンママ」
https://www.moomin.co.jp/characters/moominmamma)

7. 本作が「賛否両論」になった理由

 複数の映画レビューサイトにて、本作のレビューを拝見した所、かなり評価が分かれているようでした。観賞後、これは「ある意味、『問題作』で、賛否両論になるなぁ」と納得しました。以下、本作の「鑑賞に向いていない方」をざっと箇条書きします。※飽くまで私の個人的な見解なので、好評・酷評・中立いずれかを「優遇」するものではございません。

・「ムーミン」に登場するキャラクターが好きでも、原作者のトーベ・ヤンソン氏には興味・関心が無い方
・LGBT-Qをテーマに扱う作品が苦手な方
・性描写(異性間・同性間いずれも) に抵抗が強い方
・日本の「ムーミンアニメ」に強い思い入れがある方
※原作とアニメはかなりキャラが違います。実はトーベ氏は、日本でのアニメ化にはあまり乗り気ではなかったそうです。制作は虫プロダクションです。しかし、アニメの再放送は諸事情で自粛されており、現在に至るまで再放送されていません。※詳しく知りたい方は、「岡田斗司夫氏によるYouTubeムーミン解説」をご覧ください。
・「ムーミン制作秘話」やその過程をじっくり知りたい方

 率直に言うと、本作を鑑賞する前に、少なからずトーベ氏のセクシャリティについては頭に入れたほうが良いと思います。映倫のレイティングは「G」指定ではあるものの、男女・女女の性描写があるため、小学生以下のお子様との鑑賞はお勧めしません。うっかり親子で観て、内容にビックリされた方がいらしたようなので。正直、保健体育の授業を受け始める中学生くらいでも刺激が強いかもしれません。

 例えるなら、りんごやみかんを注文したらドリアンが出てきた感じ、またはスライスチーズやクリームチーズを注文したらブルーチーズが出てきた感じで、かなり「濃厚」で癖の強い作品です。

 本作がミニシアター中心で大手シネコンではほぼ上映していない理由がわかります。
万人受けよりも、「ある一定の層」を狙った作品なので、刺さる人には刺さるけど、同時に嫌悪する人もいるのがわかりました。たとえ、彼女と同じセクシャリティでなくても、共感はできなくても理解はできる?いや、やっぱりできないかも?みたいな作品ですね。

 尚、彼女のセクシャリティや不倫・飲酒・喫煙シーンについて批判するレビューも散見されましたが、彼女は元々バイセクシャルを公表していますし、不倫・飲酒・喫煙に関しても現代の日本の価値観だけで判断するのは早計だと思います。※勿論、日本での倫理観では良いことではないです、場合によっては法律で罰せられますし。ただ、正直、こういう内容で本作やトーベ氏を非難する「的外れ」なレビューもあったのは残念でした。勿論、人の考えは十人十色ですので、それらを否定するものではございませんが。

 本作を観たら、ムーミンバレーパークに行きたくなりました。最後に、フィンランドの国立バレエ団による「ムーミン」のバレエの映像を観たことがありますが、中々シュールで衝撃的なので、気になる方は一度検索してみてください(笑)

出典: 「トーベ」映画パンフレット

トーベ・ヤンソン
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%BB%E3%83%A4%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%B3

トゥーリッキ・ピエティラ
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AD%E3%83%BB%E3%83%94%E3%82%A8%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%A9

ムーミン公式サイト〜「ムーミンはカバじゃない! じゃあ何?」
https://www.moomin.co.jp/blogs/moominquiz/47048

ムーミン公式サイト〜「ムーミンの物語に込めたトーベの想い」
https://www.moomin.co.jp/blogs/fourseasons/95430

ムーミン公式サイト〜「スナフキン」
https://www.moomin.co.jp/characters/snufkin

ムーミン公式サイト〜「トフスランとビフスラン」
https://www.moomin.co.jp/characters/thingumyandbob

ムーミン公式サイト〜「ムーミントロールと小さな竜」
https://www.moomin.co.jp/books/67361

ムーミン公式サイト〜「おしゃまさん」
https://www.moomin.co.jp/characters/tooticky

ムーミン公式サイト〜「ムーミンパパ」
https://www.moomin.co.jp/characters/moominpappa

ムーミン公式サイト〜「ムーミンママ」
https://www.moomin.co.jp/characters/moominmamma

CULTURE「誰かを崇拝しすぎると本当の自由は得られなくなる」
「ムーミン」生みの親の元彼はスナフキン https://courrier.jp/news/archives/91279/

町山智浩氏の映画批評 https://youtu.be/s70XJVopDhc

岡田斗司夫氏によるYouTubeムーミン解説 https://youtu.be/UwToAdm2VU0
※数が多いので、「岡田斗司夫の部屋【切り抜き】 ムーミン」で検索してください。

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