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映画「イン・ザ・ハイツ」感想

 一言で、NYのワシントン・ハイツで、逆境に立ち向かう人々の絆と若者達が夢に向かって前進していく姿を描いた映画です。歌とダンスがパワフルで、彼らの明るさや前向きさには元気をもらいました。また、移民問題についても考えさせられます。

※ここからはネタバレ含むので、ご注意ください。
 「イン・ザ・ハイツ」は、トニー賞4冠(作品賞・楽曲賞・振付賞・編曲賞)と、グラミー賞最優秀ミュージカルアルバム賞を受賞したブロードウェイ・ミュージカル作品です。
リン=マニュエル・ミランダの処女作にして、彼の類い稀なる才能を決定づけた作品です。
 本作品の監督はジョン・M・チュウです。過去作にはアジア人キャストでヒットさせた映画「クレイジー・リッチ!」があります。彼は、舞台を映画化するにあたり、映画ならではのスケールとカラフルな映像美、今日の世界の社会情勢も反映した大胆なアレンジを加えています。

 ニューヨーク(以下NY)、マンハッタンの北端の街「ワシントン・ハイツ」は、賑やかな移民の街です。そこで育った4人の若者達を中心に物語が進みます。食料雑貨店(ボデガ)を営むウスナビ、ウスナビの親友でタクシー会社で働くベニー、名門大学へ進学した街の期待の星ニーナ、デザイナーを夢見るバネッサ、幼なじみの4人は仕事や進学、恋につまづきながらも、それぞれの夢に向かって踏み出そうとしていました。
 「ワシントン・ハイツ」の住人達は生活が苦しくても、遠く祖国を想い、逞しく懸命に生きています。しかし、都市開発で物価は上昇、家賃も高騰し、彼らには住む場所を追われる危機が訪れていました。ニーナの父親のタクシー会社は事務所の半分を売却し、人気の美容室は1週間後に移転することになり、街の景色は変わり始めていました。
 そして、真夏の夜(アメリカ独立記念日の7/4)に突如大停電が起きます。街の住人たち、そしてウスナビらの運命も大きく動き出すのでした。

1. 世界観・劇伴・キャラクターについて
 本作品は、一見すると移民同士のラブストーリーに見えますが、思ったよりも深い問題に切り込んでいます。つまり、表面上の面白さだけではなく、その奥にどんなメッセージが隠されているかを読み解く必要があるのです。実際、本作品は、「アメリカの移民事情についてどの程度知っているか、また彼らにどれだけ共感できるか」が、物語を理解する鍵だと思います。

 劇伴としては、キャストの殆どがラテン系移民ということもあり、楽曲やダンスはヒップホップ・サルサ・メレンゲ・バチャータ・R&Bなどを取り入れた明るくてアップテンポなものが多く、終始賑やかで、静かなシーンはほぼ無かったです。マイノリティと音楽にスポットを当てた作品としては、ミュージカルなら「天使にラブ・ソングを」シリーズや「ドリームガールズ」など、アニメ映画なら「リメンバー・ミー」や「ソウルフル・ワールド」などと類似性を感じます。また、プールのダンスやアーティスティック・スイミングシーンは「ウォーターボーイズ」を彷彿とさせました。

 キャラクターの紹介について、彼らの殆どは「ラテン系移民」ですが、実は国籍や出生に細かく違いがあります。ウスナビは「ドミニカ共和国系移民」で、幼い頃に渡米しました。名前の由来は、アメリカ海軍(U.S. Navy)です。彼は「ワシントン・ハイツ」で、従弟のソニーとボデガを経営し、いつか故郷で亡父の店を再建することを夢見ています。しかし、ソニーの父親(ウスナビの叔父)は不法入国者のためまともに仕事に就けず、常に酒浸りなことから、ソニーは学校に通うことができません。ボデガは食料雑貨店ですが、時に困り事の相談窓口であったりします。ここに多くの人々が来る様子は、まるでNHKの番組「ドキュメント72時間」を観ているようでした。彼はバネッサとの恋愛、ソニー親子や法律事務局に勤めるアレハンドロとの交流を通じて、移民のために何が出来るか考え、行動します。彼の「法律を変え、権利を勝ち取るには戦わなくてはいけない、それは長期間だし、成功するかはわからない。でも、行動を起こさなければ何も変わらない。」という言葉が心に残っています。

 ベニーは「アフリカ系アメリカ人」で、ラテン系移民ではなく、他の居住区から引っ越してきた「よそ者」です。しかし、彼は「ワシントン・ハイツ」は第二の故郷で「愛を育む地元」と考え、皆の気持ちを鼓舞し、どこにいても故郷は自分のいる場所だと伝えます。停電の日もニーナには家に帰るよう伝え、仕事に戻り、妊婦を病院に運ぶためにタクシーを手配していました。紆余曲折を経て、彼は悩めるニーナの故郷になります。

 ニーナは「プエルトリコ系アメリカ人」で、親が「ワシントン・ハイツ」に移住後に生まれています。彼女は、親の期待を背負い、幼い頃から勉強漬けで大学に進学したものの、自分の人生に悩んでいました。彼女は大学での差別を経験したことで中退しましたが、「移民がこの社会で権利を勝ち取るために行動したい、ソニーのような子供が学べる環境を作りたい、それを作るのは大人の責任だ」と考え、別の大学に行き直します。まさに、「学がないと、社会で戦えない。でも、お金がないと学べない。夢を叶えるには『先立つ物』が必要だ」とはこの事ですね。彼女は「お金がある」環境の人ですが、ただ親の期待を背負ってレールの上に乗った人生を歩むのではなく、自分で考えて行動することの大切さを教えてくれた存在です。

 バネッサは「メキシコ系アメリカ人(通称ヒスパニック)」で、美容室で働きながら、いつか「ワシントン・ハイツ」を出て、ファッションデザイナーになることを夢見ています。しかし、中々その道のりは厳しいものでした。彼女は、ウスナビから恋心を寄せてられており、2人の間は紆余曲折経て、色々なことが起こります。最後までどうなるか、目が離せませんでした。※彼女は、名前や演じた女優(メリッサ・バレラ)の出身地からもヒスパニック系であると推定されますが、作中ではどこの出身かは、はっきりとは言及されていませんでした。

 アブエラは、ウスナビの養母で、「ワシントン・ハイツ」では皆の「おばあちゃん」として慕われています。※尚、「アブエラ」はスペイン語で「おばあちゃん」という意味で、本名はクラウディアです。彼女は「キューバ系移民1世」で、クリスチャンとして「忍耐と信仰」を胸に生き抜いてきました。彼女が幼い頃には、移民には「ブルーカラーの仕事(清掃・床屋・給仕・メイド・工場勤務など)」しかなく、れっきとしたアメリカの格差社会の中で育ちました。そんな彼らがこの社会で権利を勝ち取り、2世以降の人が生きていける
ために、血を滲むような苦労と努力があったことは言うまでもありません。彼女が夢で見た移民1世の苦労を地下鉄でのコンテンポラリーダンスで表現した描写は見事でした。彼女は、「血の繋がりがなくても『家族』だ」ということを体現した存在です。

 他にも、バネッサが働く美容室のオーナーと従業員、ニーナの父親のケビン、ピラグア(プエルトリコ風のかき氷)の売り子など、個性豊かなキャラクターは沢山登場します。ある意味、「皆が主人公になれる群像劇」でした。
 
2. 移民の国とアメリカとの実際の関係について(パンフレット参照)                              
 「ワシントン・ハイツ」の歴史は古く、アメリカ独立戦争(1775〜1783)に遡ります。ハドソン川からのイギリス軍侵入を防ぐために高台(ハイツ)に作られたジョージ・ワシントン砦が由来です。20世紀に入ると、本格的な都市開発が始まり、地下鉄も開通します。当初はアイルランド人とユダヤ人が住人のメインでしたが、1950年代よりカリブ海からのヒスパニック系の住人が大きく増加しました。

 まず、プエルトリコ系は、19世紀にアメリカ領となって20世紀初めに市民権を得られたため、人々のアメリカ移住は「移民」ではなく、「引っ越し」です。そのため、ニーナやケビンには、不法移民の問題はありません。NYを中心にアメリカ全土で約500万人が住んでいます。

 一方、キューバ系の多くは1959年のキューバ革命後、カストロ政権の冷戦時代にアメリカに移住した移民です。フロリダやNYを中心に約250万人が住んでいます。

 そして、ドミニカ共和国からは1961年の独裁政権の崩壊後、アメリカのビザの要件が一時緩和され、移民が一気に増えました。アメリカ全土で約120万人、「ワシントン・ハイツ」には約14万人が住んでいます。※ちなみに、「ドミニカ共和国」ではなく、「ドミニカ国」という国もありますが、この二国は全く別の国です。先日の東京オリンピック開会式でも、解説がありましたね。

 尚、作中で登場したアフリカ系アメリカ人やヒスパニック、チリの血が入っている人々も住んでいます。※先程、キャラクター紹介で「不法入国者」について述べましたが、これが問題になっているのが「移民」です。一口に移民といっても人種は様々ですが、アメリカ国内ではキューバ系・ドミニカ共和国系・ヒスパニック系・アジア系の移民は多いようです。

3. 原作者・脚本家・監督について
 原作者のリン=マニュエル・ミランダは、プエルトリコ系両親のもと、ドミニカ系移民が多く住む「ワシントン・ハイツ」で生まれ育ちました。子供の頃からラテン音楽やヒップホップ・ブロードウェイミュージカルに馴染んできました。彼は、ミュージカルの脚本学ぶために大学でも演劇を専攻し、19歳で「イン・ザ・ハイツ」を書き上げます。その後何度も修正を経て、10年後の2008年にブロードウェイで開幕し、大ヒットしました。ちなみに、この時の主演ウスナビ役は彼が演じていました。

 脚本家のキアラ・アレグリア・ヒューディーズは、プエルトリコ系両親のもと、フィラデルフィアで育ち、「ワシントン・ハイツ」へ引っ越しました。実際の住民同士の交流に着想を得て、楽曲を制作されたそうです。「住民同士のさりげない触れ合いがパッチワークのようになり、大きなキルトになる、それが私の考える『ホーム』です」と述べています。

 監督のジョン・M・チュウは、台湾系アメリカ人1世です。彼は「ワシントン・ハイツ」の出身ではなく、カリフォルニアの出身です。彼は、今回の映画化にあたり、「映像のスケールアップよりも、キャラクターの内面に注目し、彼らが抱える思いを拡大したかった、ロケハンの際は住民同士の立ち話や言葉に耳を澄ませ、このストーリーの中でどんな意味を持つのか研究した」と述べています。

 お三方共、「ラテン系アメリカ移民」や「差別による格差」、「多民族社会」などのセンシティブなテーマを扱う上で、その表現に細心の注意を払っているのが伝わってきました。自身の経験だけでなく、街の下調べや住民への取材を欠かさず行ったとのことで、当事者への配慮を感じました。

 お恥ずかしい話ですが、私は、この作品観るまで、殆ど「アメリカでの移民事情と彼らが抱える問題」を知りませんでした。そのため、作中の説明やパンフレットから、これについて、詳しく知ることになりました。勿論、日本人である私と、NYのラテン系移民では、置かれている状況が違うので、感情の細かいところまでは理解することは難しいですが、それでもキャラたちの言葉が歌になって感情が爆発するところは、音楽の強いパワーを感じて、とても感動しました。
 また、彼らは「スエニート」(小さな夢)という言葉をよく口にしていました。「人種のるつぼ」や「人種のサラダボウル」と言われているアメリカ社会では、今でも人種・言語・仕事・教育などには「壁」があり、彼らはそこにある差別と闘いながら日々を過ごしています。その一人一人は、簡単ではないかもしれないけれど、実現させたい自分らしい「小さな夢」に地道に向き合う姿に心を打たれました。
 ここで、「マイノリティや差別」を作中のテーマに取り上げている作品を思い出しました。
「鋼の錬金術師」: アームストロング少将「差別は戦場において、自軍の死傷率を増加させる。つまり差別などやっている暇はない。(中略) マイルズ、貴様の中にはイシュヴァールだけでなく、多様な民族の血が流れているな。それは多様な価値観を持ち、様々な角度からこの国を見る事ができる血だ。生まれも育ちも生粋のアメストリス人である私が上に立つには貴様のような者が必要だ」

「進撃の巨人」: オニャンコポン「俺達を創った奴はこう考えた、色んな奴がいた方が面白いってな。(中略) 俺達は求められるから存在する。」

「あの夏のルカ」: ルカの祖母「あの子を受け入れない者達はいる、でもあの子達は信頼できる仲間を見つけた」

 最も、本作品は軍の話ではありませんが、上記の作品のように、マイノリティを「悲劇的要素」にせず、その先に何があるか希望を探しているところは、類似性を感じます。

 正直、ミュージカル故の行動のあり得なさや脚本のご都合主義はこの作品にもあります。例えば、「ニーナとベニーが歌って踊りながら、アパートを壁伝いに歩くシーン」は現実的にはあり得ないし、「実は、アブエラが買っていた宝くじが当選していた」というエピソードは、若干「ご都合主義」ではありますが、全体の流れからすれば、そこまで気になりませんでした。また、本作品では「移民の権利」について触れているため、アメリカ国内では、必ずしもこのテーマが「受け入れられる」ものかどうかはわからないです。実際に「移民は国外退去すべき」という考え方もありますし、アメリカとメキシコの間には「壁」が建設されていたので。

 ※実は、原作者リン=マニュエル・ミランダも、「ピラグアの売り子」として、出演しています。エンドロールまで席を立たないことをおすすめします。

 最後に、本作品はラテン系音楽がひっきりなしに流れているので、全体的に「暑苦しい」作品ですが、劇場数・上映数が少ないのが勿体ないくらい、とても良い作品でした。上映時間は2時間半と長めですが、もし気になる方は一度ご覧になると良いと思います。

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