映画「リスペクト」感想
一言で、歌姫アレサ・フランクリンの波瀾万丈な人生を描いた伝記作品です。ジェニファー・ハドソンら演者の歌唱力に圧倒されましたが、同時に信仰・性暴力・様々な依存症・公民権運動・女性解放運動という激重テーマを扱っているので、鑑賞には覚悟が必要です。
本作の主人公アレサ・フランクリン(1942-2018: 享年76) は、アフリカ系をルーツに持つゴスペル・ソウルシンガーで、その圧倒的な歌唱力から伝説の歌姫と称されています。
彼女は、歌った名曲の多さから、グラミー賞18回(計20タイトル)受賞・女性初のロックンロールの殿堂入り・ケネディ・センター名誉賞受賞・大統領自由勲章叙勲・ピューリッツァー賞特別賞受賞など、多くの賞や勲章を受賞・叙勲しています。また、雑誌では女性シンガー初の「TIME誌」表紙を飾り、ローリング・ストーン誌が選ぶ「史上最も偉大な100人のシンガー」の第1位・「同100組のアーティスト」で第9位にも選ばれています。
そして、ジミー・カーター、ビル・クリントン、バラク・オバマの計3人(敬称略)の大統領就任式典に招聘され、アメリカ愛国歌を披露した唯一のシンガーとして知られています。
しかし、その人生は栄光とは裏腹に、あまりにも激動で壮絶で、波瀾万丈なものでした。
※ここからはネタバレなので、未視聴の方は閲覧注意です。
1952年デトロイト、アレサ・フランクリン(以下、アレサ)は、10歳にして圧倒的な歌唱力で人々を魅了していました。アレサは「天才少女」と称され、牧師の父C.L.フランクリンが夜ごと自宅で開くパーティーや教会の礼拝で歌を披露し、着実に実力をつけていきました。しかし、ある夜、一人の男性との「交流」により、彼女は悲劇に苛まれます。
実はアレサの両親は別居しており、母バーバラとは面会日以外は会えず、いつも寂しい思いをしていました。面会日にはアレサは母と歌い、楽しい時間を過ごしていました。しかし、最愛の母が心臓発作で急逝したことで、その時間は突如終わりを告げました。
1959年、17歳になったアレサは父に言われるまま、教会をまわるツアーで歌い、その実力をレコード会社(コロンビア・レコード)に売り込み、念願の歌手デビューを果たしました。しかし、父の命令は絶対的で、仕事も歌いたいジャンルもレコード会社も、全て父が決めていました。残念ながらレコードは全く売れず、ジャズでは売れないと感じたアレサは、父の束縛から逃げたい一心で、恋人のテッドと駆け落ちしてしまいます。父の代わりにテッドをマネージャーにしたアレサですが、テッドの「危険性」を見抜いていた父には大反対されます。対立した父とアレサは大喧嘩になり、遂に絶縁に至ります。
1966年、アレサはテッドの尽力でアトランティック・レコードに移籍します。しかし、テッドはレコーディングスタッフのオーナーとトラブルを起こし、アレサにも手を上げました。アレサは別居を決意し、息子と一緒に実家に戻ります。
一方で、アトランティックで売り出したゴスペル曲「貴方だけを愛して」・2人の姉妹とカバーしたオーティス・レディングの「リスペクト」が大ヒットし、一気にスターに上り詰めました。その頃、テッドからの謝罪を受けて、よりを戻します。そして、快進撃を続けたアレサは、遂に「ソウルの女王」としての称号を手にしました。しかし、アレサが意見を貫こうとするとテッドは暴力を振るい、それが次第にエスカレートしていきました。
遂に1968年のヨーロッパツアー中に、テッドの暴力がタイム誌にスッパ抜かれ、怒り狂う夫を見たアレサは離婚を決意し、パリ公演にて元夫を見据えながら、「この曲を不当な扱いを受けている人に捧げます」と語り、「シンク(Think)」を熱唱します。その魂の叫びが溢れ出した圧倒的な表現力に、観客は呑み込まれていきます。この時、本物の「ソウルの女王」が誕生した瞬間でした…
1. ゴスペルを基調とした圧倒的な歌唱力〜演者はとても素晴らしく、ラストのアレサ本人映像にも驚嘆。
ソウル・ミュージックの歌姫アレサ・フランクリンを演じたのは、圧倒的な歌唱力を持つ女優ジェニファー・ハドソンです。2006年に映画「ドリームガールズ」でエフィー役で映画デビュー後、映画初出演にして第79回アカデミー賞助演女優賞を獲得し、2008年には歌手デビューして、第51回グラミー賞最優秀R&Bアルバム賞を獲得しました。
本作でも、予告編の映像のインパクトがあまりにも大きすぎて、「とにかくこれは観なければ!」という気になりました。キャスティングは、生前のアレサ・フランクリンご指名で決まったそうです。彼女が演じたのは17歳のアレサからですが、兎に角役作りが完璧すぎて、もうアレサ本人が乗り移ったようでした。特に、予告編で流れた「リスペクト」と、ラストの「アメイジング・グレイス」は本当に素晴らしく、強く印象に残っています。
また、アレサと2人の姉妹が一緒に歌うコンサートのシーンは、本当に「ドリームガールズ」そのものでした。もしかしたら、これが元ネタかもしれません。
実は、ジェニファー自身、祖母が聖歌隊に所属しており、幼い頃からショーやミュージカルに出演され、またかなり壮絶でハードな人生を送られている方なので、そういう部分はアレサ本人と重なるのかもしれません。※詳細は、ジェニファー・ハドソンのwikiをご覧ください。但し、かなり重い内容なので、読む際は注意してお読みください。
また、10歳時の子役のスカイ・ダコタ・ターナーも、歌唱力が高過ぎて、脱帽レベルでした。まさに神童ですね。これから、どんなキャリアを積むのか楽しみです。
さらに、アレサの母バーバラ役のオードラ・マクドナルドも素晴らしい歌声でした。彼女はブロードウェイ・ミュージカルの大スターです。若くして亡くなる役とはいえ、もっと歌声を聴きたかったですね。
本作の監督のリーズル・トミー、脚本のトレイシー・スコット・ウィルソン、どちらもアフリカ系をルーツに持つ女性です。監督は、インタビューにて、「本作は監督も脚本家も黒人女性で、あらゆる点が初めてで、高いハードルを越えたと感じる」と仰っています。
過去にもアフリカ系女性シンガーの伝記映画は製作されていますが、数は少なく、「ビリー・ホリディ物語/奇妙な果実」や、「TINA ティナ」などはあっても、ほぼ全て白人男性が監督してきました。しかし、本作は、製作陣にアフリカ系の方が多く、従来より「当事者意識」の立場に近い人が描く作品だったのだと感じました。それだけ、「肌の色」や「民族」という問題はとてもセンシティブでシリアスなのだと、歴史や差別の重さを感じました。
最後に、ラストのエンドロールには、生前のアレサ・フランクリン本人のライブ映像が流れます。本当に素晴らしいソウルシンガーでとても感嘆したので、思わず涙が出ました。
2. 波瀾万丈の私生活〜未成年の妊娠と、父や夫からのモラハラ・DV 、アルコール依存症
そんな栄光の道を歩んだアレサでしたが、その裏には、かなり激動で壮絶で、波瀾万丈な経験を積み重ねていました。
まず、彼女は生涯で4人の子供に恵まれますが、そのうち2回は、未成年(12歳・15歳)で時で出産しています。そして、全員父親が違います。尚、本作に登場するテッドとの息子は3番目の子供です。本作では、「未成年に対する性暴力描写(ぼかされています)
」を匂わせる描写があります。冒頭に10歳前後のアレサがベットで寝ている際に一人の男性に話しかけられます。その翌朝、アレサが「放心状態」になり、家族に話しかけられても上の空になっていたり、父から何度も妊娠のことを問われたり、成人期の回想シーンで、妊娠中の少女時代のアレサがフラッシュバックしたり、と精神的にキツいシーンが複数回挿入されます。
そして、父と19歳で結婚した夫テッドはモラハラ気質が強いです。父は、牧師でありながら、恋愛にはだらしなく、妻とは別居していました。(本作のクリスチャンはプロテスタントなので、牧師は結婚できます。尚、アレサの両親は離婚はしませんでした。) 幼いアレサの誕生日パーティー時、母を亡くしてショックを受けているアレサの前で、「なぜ誕生日を楽しめないんだ!皆が気を遣うだろう!」と、他の招待客の前で怒鳴りつけたり、アレサのプロデュースの方向性を全面的に決めてしまったりと、娘の実力を認めて伸ばしたい娘思いの父ではあるものの、同時にモラハラ臭が漂っていました。尚、アレサが息子と実家に出戻ってからは態度が軟化し、孫を可愛がっている様子でしたが、娘との確執は長く続きました。実は、「聖職者の乱れた恋愛・モラハラ・DV」というのは、本作だけでなく昔からあったことのようです。「人の心を安らかにする、正しいことを伝える宗教に捧げる人物が何故こういう問題を起こすのか?」疑問ではありますが、やはり宗教の教えそのものと、人間性は「別物」、敬われる存在になると却って人間は尊大になっていく危険性を孕んでいるのかもしれません。※勿論、全ての方が「そう」だと決めつけるものではございません。
元夫のテッドはモラハラかつDVもありました。元々危険な香りがする男性ではあったものの、当初は表面的には優しい様子を見せていましたが。しかし、やがてアレサの仕事や私生活に対して支配的になり、アレサや他のスタッフが意見を言おうものなら、暴言・暴力のオンパレードでした。アレサは、テッドとは「理性的には離れないと」と考えていたのかもしれません。しかし、「感性では『自分の理解者』と思い込み、離れられない。洗脳に近い状態になっていた。」のだと思います。心が「弱っている」と、こういう輩に付け込まれる、第三者から見ればヤバいのは明らかなのに、本人は「気がつかない」(本音と建前が違っていても、見ないふりをしてしまう) 状況が、リアルで怖かったです。テッドは、アレサに対して、よく「お前の中の悪い虫が暴れている」と言いましたが、この「虫」とは何だったのでしょうか?恐らく、日本で言う「癇の虫」みたいなもの?それとも、過去や現状に対する「怒り」みたいなもの?作中ではハッキリとは説明されていませんが、彼女はその「虫」に長年苦しめられてきたと思います。しかし、「目が醒めた」彼女は、歌に夫へのネガティブな気持ちをこめ、世に出すことで、その「虫」を解放・昇華しました。アレサだけでなく、人間は、誰しもがこの「虫」を持っているように思います。それとどう向き合っていくかが、人生の「課題」かもしれません。
さらに、スター街道を邁進するアレサでしたが、徐々にアレサ自身も「尊大に」なっていきます。実家で今後の仕事について揉めた際、家族に「誰のおかげで飯が食えると思っているの!」と怒鳴ったシーンは、正に父やテッドが自分にしてきたモラハラそのものでした。度重なる心労で心と身体を壊したアレサは、段々とお酒の量が増え、しまいには酔いが原因で、ステージから落下してしまいます。アルコール依存症で苦しむ彼女は、ある夜、母の幻影を見ます。母が歌う「アメイジング・グレイス」を聴きながら眠りに落ちたアレサは、翌朝酒瓶を片付けて、アルコール依存症から立ち直る決心をします。
ラスト、アレサはこの曲を、ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で開催されたゴスペル・コンサートで披露します。それは、教会ルーツに真正面から向き合った気高く、慈しみ深いものでした。
時に、時代のアイコン・レジェンドとなる人の人生であっても、そこには山あり谷ありで、何かに救いを求めることはあります。人生は戦いの連続ですが、でもそれをずっと続けなくていい、辛いときに如何にSOSを出せるかが大事なんだと気づきます。
その他にも精神的にキツいシーンが頻繁に挿入されます。これらについて、監督は「トラウマポルノへの危惧。暴力をエンタメ化しない、サバイバーたちにトラウマを与えてはいけない。」と考慮して、本作では「直接的な描写」をできる限り避けたそうです。
(引用は此花わか氏の記事より) 勿論、全ての鑑賞者やサバイバーをケアできる訳ではないのですが、公式がこういったガイドラインをしっかり提示してくれるか否か、はとても大事だと思います。私にとって、「作品を世に出すときに、それが世に与える影響を熟慮できるかどうか」は作品や作者に対する評価軸の一つです。
尚、本作のレイティングは「G」指定なので、鑑賞に年齢制限はございませんが、上記で申し上げた通り、本作はかなり重く、辛い展開が続くので、鑑賞にとてもエネルギーを消費しました。特に、日本版ポスターや予告編では、アレサ・フランクリンの名前がないので、彼女を知らない人からすると、アフリカ系女性シンガーのサクセス・シンデレラ・ストーリーのように感じてしまうかもしれません。(英語版では表記されていますが、日本版では何故か削除されています。)
ソウル・ミュージックやゴスペルがテーマの作品は、今まで沢山ありますが、ミュージカル映画の「天使にラブソングを。」や「ドリームガールズ」、ディズニーの「プリンセスと魔法のキス」、ピクサーの「ソウルフル・ワールド」のような明るい作品を期待していると、(特に女性の方は) かなり「ショック」を受ける可能性が高いので、ご注意ください。
※最も、これは私の一意見であり、決して作品を「下げる」ものではございません。
3. 公民権運動・女性解放運動への貢献〜信仰と政治活動
父がマーティン・ルーサー・キングJr.牧師と親しかったこともあり、アレサはブラック・パンサー党を支持し、黒人の公民権運動に積極的に関わっていました。また、オーティス・レディングの楽曲「リスペクト」を女性目線でカバーしたことで、男女のラブソングが社会性を帯びた人間愛の歌となり、女性解放運動のヒロインになりました。
アレサは、マーティン・ルーサー・キングJr.牧師の命日から11日後に、「シンク(Think)」を録音します。「シンク(Think)」では、「考えて!」と「自由が欲しい」という歌詞がありますが、これは「リスペクト」と同様に、男女問題の歌でありながらも、暴動で混乱した社会情勢の中で、人々に自覚を促す目的もあったようです。
また、黒人・女性解放運動家として活躍したアンジェラ・デイヴィスが不当逮捕されたときには、ニーナ・シモンの楽曲「To Be Young, Gifted And Black」をカバーして、人種的、社会的スタンスを明確に示しています。そして、デイヴィスの保釈を手助けしたい信念を貫きました。(引用はローリングストーン日本版の記事より)
4. 伝記映画の奥深さ
私は、伝記映画は好きなジャンルですが、特に音楽やダンスなどの芸術関連の作品を多く観ます。本作も、「芸術は抑圧されたパーソナリティーや環境から生まれやすい」話でした。私は、「作者と作品は繋がっていて、時に人生や価値観が色濃く出る」ものだと思っています。勿論、作品は「創作物」であり、たとえ「史実をモデルにしていても、両者は100%同じ内容ではない」ことは理解しています。でも、その中で「知りたい」ことや、「考えさせられる」ことがあるかどうかは大事です。最も、「人の不幸」や「事件」を「学習材料」にするのはどうか?と思いますが、それによって自分の「無知」を自覚することはあります。
しかし、伝記映画は対象人物のどこに焦点を当てるかで、評価がかなりブレますね。私も、「こんな人だったのかーい!」と、観てビックリした作品は結構あります。
最後に、今後、本作を東宝・劇団四季・宝塚などでミュージカル化してほしいです。アレサの歌を舞台で聴きたいです。本作、何となく「メンフィス」と似たテイストを感じるので。正直、内容的に厳しいかもしれませんが。
出典: 「リスペクト」パンフレット
アレサ・フランクリン
アレサ・フランクリン 画像 (Wikipediaより)
https://images.app.goo.gl/V4v9JqHKPwyrc9h49
ジェニファー・ハドソン
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%89%E3%82%BD%E3%83%B3
アレサ・フランクリンの波乱の人生 12歳で子供を出産、夫の暴力に耐えた「ソウルの女王」https://yogaku.xyz/aretha-franklin-life/
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アレサ・フランクリン伝記映画に込めた思い 此花わか
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/88916
政治や世論をも動かした「アメリカの歌声」、アレサ・フランクリンの政治的影響力
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