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映画「ベルファスト」感想

 一言で、少年バディの目線より、故郷のベルファストの北アイルランド問題を描いたモノクロ映画です。宗教対立による戦況下でも、日常を生きる彼らの姿が強いけれど切なかったです。ただ芸術系映画故に、観客の好みは分かれそうです。

評価「B-」

 北アイルランド、ベルファストに住む9歳の少年バディ、彼は映画や音楽が好きで、故郷で暖かい家族や友人に恵まれ、毎日楽しい日々を過ごしていました。
 しかし、1969年8月15日、キリスト教プロテスタントの暴徒が、突然カトリック住民への攻撃を始めたことで、町は一気に紛争に巻き込まれます。
 彼にとっては、町の皆が顔なじみで、家族のようでしたが、この日を境に「分断」されていきます。危険を感じて町を離れる住民、残留する住民、皆が様々な選択を迫られる中、遂にバディと家族にも、「決断」の時が迫ってきます。

 本作は、名優ケネス・ブラナーが制作・監督・脚本を務め、今年の米国アカデミー賞脚本賞を受賞しています。彼は、圧倒的な存在感と確かな演技力で、イギリスでは国民的俳優です。また「シェークスピア俳優」の一人で、舞台や映画などジャンルを問わず数々のシェークスピア作品に出演し、「ハムレット」(1996年)ではアカデミー賞脚本賞にノミネートされています。
 主な出演作品には、「ハリーポッターと秘密の部屋」のギルデロイ・ロックハート役、「ダンケルク」のボルトン海軍中佐役など、監督作品は「マイティー・ソー」・ディズニー実写版「シンデレラ」など、監督兼出演作品には、「ヘンリー5世」・「シェークスピアの庭」・「オリエント急行殺人事件」・「ナイル殺人事件」などがあり、様々な人気作品には欠かせない俳優です。

 本作は、彼の少年期がモデルになっています。彼は生まれてから9歳までを北アイルランドのベルファストで過ごし、その後イングランドのレディングに移住しています。

 本作は、ほぼ「モノクロ映像」で勝負しています。冒頭では、現代のベルファストをカラー映像で写し、その後1969年に遡るときにモノクロ映像に切り替わっています。このタイムスリップしたかのような演出は、「敢えての試み」だと思いますが、自然と作品に馴染んでいました。

 ちなみに、アイルランドは日本から遠い国で、知らないことが多いです。私がぱっと思いつくくらいだと、アイリッシュミュージックやリバーダンス、アイリッシュパブくらいしか知らないです。

1. 暴動シーンは、モノクロだけど、かなり心に「突き刺さる」。

 本作で取り上げられた「北アイルランド紛争」(英語では"the Trouble")は、1960年代から1998年の和平合意(ベルファスト合意)に至るまで、約3,600人の死者を出しています。この合意では、アイルランドが北アイルランドの領有権を放棄しました。
 北アイルランドは、現在のイギリス(正式名称は英国(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国))の一部で、他にイングランド・ウェールズ・スコットランドが合わさって、本国を形成しています。

 この紛争の主な原因は、「宗教対立」です。ヨーロッパでは、キリスト教のプロテスタントとカトリックは長年に渡って対立しており、これまでも幾度に渡って宗教戦争が勃発→停戦→終結→再発を繰り返していました。
 本作では、ベルファストのプロテスタント過激派が、同じ町のカトリック居住区を襲撃したことが紛争の発端になっています。

 序盤の暴動と後半のスーパーマーケットへの集団強盗・略奪からは、ナチスドイツによるユダヤ人迫害を思い出しました。
 家が焼かれるシーン、車が爆発するシーン、牛乳瓶を火炎瓶にして攻撃することを話すシーン、どれをとってもとにかくショックでした。これらを見てしまったバディは固まってしまい、その場から逃げられなくなりますが、私もあまりの惨劇に言葉を失い、胸が苦しくなりました。
 尚、本作の映倫によるレイティングは「G」指定ですが、これはモノクロ映像であることと、人が直接「殺害」されるシーンはないことからかもしれません。

 この辺の描写は、今のロシアとウクライナの戦争と重なる部分がありました。本作は50年以上前の話ですが、こういう戦争・紛争は現在進行系で起きています。だからこそ、本作からは、「目を逸らしてはいけない」と教えられました。

2. 子供や一般人の目線から戦争を描くことで、そこにある「日常生活」がフォーカスされる。

 本作は、子供や一般人の目線から見た戦争を描いています。そのため、そこにある「日常生活」がフォーカスされていました。

 主人公バディは、両親・兄と暮らし、近くには祖父母も住んでいました。プロテスタントを信仰しています。近くに住む少女モイラとは仲良しで、時に悪い「遊び」もしました。※実際のケネス・ブラナーは、「兄」であり、下に弟妹がいたようなので、本作のバディの設定とは異なります。
 バディの初恋の女子キャサリンは、金髪の可愛い子で、「結婚したい」くらい好きになります。席替えで隣の席になりたいと願ったり、彼女の家の近くまで行って声をかけたり、バディが彼女と距離を縮めたいと思ってとる行動は、子供らしく微笑ましかったです。

 「子供」の目線から戦争を描くアプローチは、「ジョジョ・ラビット」と似ています。バディ役のジュード・ヒルがとても可愛かったです。彼はとても明るく無邪気な性格ですが、町や家庭の状況には薄々と気づいています。それでも、暗くならずに「日常の煌めき」を見つけようとする強さを持っています。

 「一般人」の目線から戦況の悪化を描くアプローチは、「この世界の片隅に」・「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」と似ています。戦争の足音が近づく中でも、恋や遊び、家族団欒など、日常の楽しみを見つけることで、淡々と、でも一日一日を大事に生きようとする姿勢は、これらの作品と本作との共通点だと思います。

 本作は、日常パートでは、ギャグやユーモアを多用しており、クスッと笑える面白さはあります。ここは、作品を暗くしすぎない工夫が凝らされています。
 また、テレビ番組や玩具から、時代背景がわかりました。「マイティー・ソー」・「チキ・チキ・バン・バン」・「サンダーバード」・「アガサ・クリスティの推理小説」など。リアルタイムでこれらを経験した人は懐かしいと思います。ケネス・ブラナーも少年期に上記の作品に触れたことが、演劇の道へ進む理由の一つになったように思いました。
 しかし、それらを平和な時代にエンタメとして享受した人々と、常に命の危険に晒された人々が同じ時代に生きていたことは忘れてはいけないです。

 ちなみに、友人のモイラはバディに「悪戯」と称して、お菓子屋で万引きしようとけしかけます。バディは嫌がりましたが、結局一緒にやってしまいます。しかし、家に警察が来たことで、バレてしまいます。「こんなことしたら駄目だ」と、バディを強く叱る母でしたが、実はこの万引き騒動は、「『後の出来事』に繋がる伏線」だったのです。

3. 宗教は、心豊かになるもの、でも押し付けあったら厄介なものになる。

 本作の「北アイルランド問題」に限らず、宗教による戦争は、世界各地で昔から起こっていました。宗教は、本来なら、神を信じることで善行を積み、心豊かになるものです。しかし、宗教は信じる神が違ったり、同じ宗教でも宗派ごとに規則が異なったり、とにかく色んな要素が複雑に絡み合っており、非常にシリアスでセンシティブなものです。
 だから、各々が信仰する「神の存在」や重んじる「価値観」を押し付けあったら厄介なものになってしまうのです。しかも、一旦それらを「正しい」と思い込んでしまうと、人として越えててはいけない「一線」を簡単に越えてしまう、大変恐ろしいものです。

 ちなみに、本作ではプロテスタントの牧師が「二つの道」の話をしていました。これは、色んな意味があると思います。「生か死か」という運命の選択肢、「カトリックかプロテスタントか」という宗教の選択肢、宗教での「善悪」、故郷に「離別か残留か」など。人生では、行く先々でこの「二つの道」が出現します。それは自分で選択可能な場合もあれば、自分の意志関係なく「決まってしまう」場合もあります。勿論、全ての機会において、自分の選択が「正しい」とは限りません。しかし、たとえどの「道」に進もうと、歩みや思考を止めないことが大事であると認識しました。

4. 家族の「決断」が辛いけど、お互いを尊重している。

 戦況が悪化する中、仕事や家族の安全のため、ベルファストからロンドンへ家族で移住したい父と、生まれ故郷のベルファストに残りたい母は、中々お互いの意見を擦り合わせることが出来ず、溝がどんどん深まってしまいます。
 両親は一度バディに、どうしたいか聞きますが、彼は祖父母や友人と離れたくなくて、泣き出してしまいました。本当に、子供には「こんな思い」をさせてはいけないです。しかし、両親や祖父母の気持ちを思うと、「何が良くて何が悪い」とハッキリ結論を出すことも難しいのも事実でした。

 では、そこまで交渉が「決裂」していた一家が、なぜベルファストを去る決断をしたのでしょうか?   それには、先述した「万引き騒動」が関係しています。
 ある日、バディはモイラに誘われ、スーパーマーケットでの「略奪行為」に思いがけなく参加してしまいました。そこで、どさくさに紛れてCMで「環境に優しい」と謳われていた洗剤を、母が喜ぶと思って持ち帰りました。しかし、母はバディとモイラに対し、店から泥棒したことを激しく叱り、一緒に商品を戻しに行きます。
 しかし、そこでプロテスタント過激派のビリー・クラントンに出くわしてしまいました。彼は父とは顔見知りで、家族を自分たちの「陣営」に引き入れようと、何度も働きかけていました。しかし、「暴力を行使しない」と話す父は、決して陣営に加わろうとはしなかったので、ビリーはそれを快く思っていなかったのです。
 ビリーは、バディと母を人質に取り、父と兄を脅しました。本当に最悪なシーンでした。しかし、父と兄が「機転」を利かせてビリーの注意を逸らしたため、彼は機動隊に捕まり、家族とモイラは助かりました。
 つまり、これだけ命を脅かされるような怖い思いをしたこと、ここまで荒れた故郷ではもう暮らせないと思ったことが、町を離れるきっかけになっています。そして、入院していた祖父が亡くなりました。これでもう、家族には町に残る理由がなくなってしまったのです。バディも、流石に両親の決断には逆らえませんでした。

 実は、この場面の母の「言葉」が引っかかりました。「スーパーマーケットでバディを探したとき、窓に映った『自分の顔』を見た。でも自宅で鏡で見たときも『同じ顔』が映っていた。私は何をしているの?」という言葉です。果たしてこれはどういう意味なんでしょう?
 ここは推測ですが、母は「略奪の空気に呑まれたことで、『人を思い遣る心』よりも、『自己中心的な心』が勝ってしまった」と感じたのだと思います。
 この大勢の群衆が「一団」となって店のガラスを割り、我先に店の物を取っていく姿は、生きるのに必死とはいえど、非常に醜いものでした。でも、戦争はそれだけ相手を思い遣る気持ちを亡くしてしまうものなのです。
 それにしても、商品を沢山略奪されたスーパーマーケットの店員が本当に気の毒でした。フィクションでも現実でも、物が壊されたり、食べ物が捨てられたりするシーンはとても不快になります。

 そういえば、よく海外の方からは、日本では「災害後に目立った略奪行為がない」ことを褒められます。それはポジティブに捉えれば「良いこと」です。一方で、ネガティブに捉えれば国民が「平和ボケ」しているのかもしれません。

 人々が町を離れていくとき、町人の一人が「ダニー・ボーイ」を歌います。この曲は、アイルランドでは国民的ソングで、「ロンドンデリーの歌」の旋律に歌詞をつけたものです。
 これは「別れ」のときに歌われるようです。日本でもよく耳にする曲ですが、本作で流れると、紛争の悲しさや故郷を離れる寂しさがより強く伝わってきます。

 ラスト、故郷を出ていく一家ですが、祖母は残ります。恐らく、この地で亡くなった祖父を置いて行きたくなかったのでしょう。ここは、故郷を離れた人、残った人どちらの決断も「尊重」しています。 ロマンチストでユーモアに溢れていて、人生哲学を教えてくれる祖父と、現実主義者で、辛辣だけど知恵に溢れた祖母、どちらも好きな人物でした。
 作中でも、祖父母はラブラブで仲睦まじい様子が伝わってきました。しかし、祖父が働いていた頃は、祖母は祖父の仕事先にはついていかなかったようです。ここは両親と一緒かもしれません。
 対照的に、両親はいつも喧嘩していました。父は出稼ぎのため2週間に1度しか帰ってこず、お金にはルーズな面がありました。そんな父に、母はいつも泣いているか怒っていることが多かったです。最も、最後の音楽会では仲良くダンスしてました。

 バディは、キャサリンともお別れします。彼女に花を渡して笑顔で去りました。しかし彼女は、カトリック信徒でした。この子は果たして「無事」だったのでしょうか?どこか、スッキリしたとは言えないラストでもありました。それでも、家族が息子の恋を否定しなかったのは良かったです。

5. バディの純粋な疑問に対する大人の「回答」には考えさせられる。

 バディは子供故に、世の中に純粋な疑問を持ち、度々大人に質問します。その質問は、「一見すれば『正しい』とされているけど、実は世の中の『矛盾』になっていること」でした。質問をされた大人達(主に父や祖父)にとっては、回答が難しい内容でしたが、それでもバディに寄り添って答えているのがわかりました。

・カトリックは「懺悔」すれば、何でも許されるの?
→「懺悔」だけをすれば良いんじゃない。色んな考えがあるから、世の中は成り立っているんだよ。

・宿題の答えが一つなんて嫌だよ。
→答えが一つなら、戦争なんて起こらないさ。

・イングランドは言葉が通じないんだよね?
→言葉がわからないのは、「聞こうとしない」からだよ。

・僕はキャサリンと結婚できるかな?
→たとえ考えが違っていても、優しくてフェアで、人を尊重できる心があるなら、大歓迎だよ。
(一部、表現を改変しています。)

 ちなみに、キリスト教徒の方が本作を見たら、どう思うのかは気になります。

6. 芸術系映画故に、観客の好みは分かれそう。

 本作について、前述より「怖い」戦争パートと「穏やか」な日常パート、両者の緩急の付け方は見事でした。
 一方で、「子供目線で描かれる日常」に多く尺を取っているせいか、上映時間の90分が結構長く感じました。
 所謂、芸術系映画作品で、「説明」を極力減らして、視聴者に「考えさせる」・「推測させる」手法を取っています。それ故に、決して「つまらない」作品ではないし、十分「考えさせられる」作品ですが、賛否両論になりそうでした。※この辺は「ニューシネマパラダイス」に似ていると思います。
 最も、北アイルランドの歴史や宗教観に詳しくないと、わかりにくい内容かもしれません。例えば、「子供が主役の戦争作品」だからという理由で、親子やファミリーで見ると、「退屈」になる可能性が高いので、要注意です。※決して、映画の出来が悪いわけではありません。寧ろ、ミニシアターでじわじわ評価されていくタイプの作品だと思います。
 その点、「ドリームプラン」や「コーダ あいのうた」は本作よりも上映時間は長いですが、見やすい作品だったと思います。

7. やはり、「移民」ストーリーは最近のトレンドか?

 今年公開された「ウエスト・サイド・ストーリー」や「私ときどきレッサーパンダ」の感想でも書きましたが、「移民」ストーリーは、最近のトレンドになっているようです。
 それだけ、このテーマに共感する人が多いからだと思いますし、現実問題として影を落としているからだと思います。
 故郷を離れて「新天地」へ旅立つか、それとも残るか、この判断に正解・不正解はありません。故郷を離れる理由が「ポジティブ」な場合はありますが、本作のように「ネガティブ」な場合もあります。そうせざるを得なかった苦しみは大きく、移住しても「戦い」は続きます。(主に言語や文化の違いで。) それでも自分達の歴史や文化を残し、希望を持ちながら地に根を張って生きていく、前向きな行動は凄いです。
 作中の登場人物達の言葉で、「私達は元々旅人よ、世界中にアイリッシュパブはあるじゃない。」というのが印象に残っています。

 そういえば、ラストのアイリッシュミュージックとジャズが混ざった音楽会は、やや「唐突」でしたが、何だか楽しかったです。今までの辛さが少し和らぎました。

 そして、お別れの祖母の表情が本当に切なかったです。家族を見送りながら、小さな声で「行きなさい、振り返らずに。いつも想っている。」と呟くシーンには、家族への深い愛情を感じました。最後に、バスの中で一瞬両親と兄弟が後ろを振り返る描写は良かったです。

 私が観た回は2週目でしたが、ほぼ満席でその劇場ではパンフレットが完売していたので、驚きました。(パンフレットは別劇場で買えましたが。)

出典:
・映画「ベルファスト」公式サイト

※ヘッダーは公式サイトより引用。

・映画「ベルファスト」公式パンフレット

・ケネス・ブラナー Wikipediaページ
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%8D%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%8A%E3%83%BC

・北アイルランド問題 Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E5%95%8F%E9%A1%8C

・ダニー・ボーイ Wikipediaページhttps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4


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