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映画「ドリームプラン」感想

 一言で、テニス界天才選手のウィリアムズ姉妹の父リチャードの半生を描いたスポ魂作品です。彼の性格・行動は賛否両論ですが、「人生観」・「育児論」・「スポーツマンシップ論」には感服します。

評価:「B」

※以降はネタバレを含みますので、未視聴の方は閲覧注意です。

 本作の原題は「King Richard」で、主人公リチャード・ウィリアムズを指します。彼は、女子テニス界における最強姉妹、ビーナス・ウィリアムズとセリーナ・ウィリアムズ姉妹の父です。
 彼は、娘達が生まれる前から、「彼女らを世界チャンピオンにする78ページの計画書」を独学で作成していました。

 リチャードと妻のオラシーン、5人の娘達は、アメリカ・ロサンゼルス南部のコンプトンに住んでいました。しかし、この街は大変治安が悪く、依然として黒人差別が残る中での生活はとても苦しいものでした。
 そんな中、リチャードは多くのテニスコーチのもとへ赴き、ビーナスとセリーナを優秀なプレーヤーにするために奔走していました。たとえ周囲から批判や罵声を浴びようとも、この「計画」を実行し続けたのです。
 ある日、ビーナスのプレーがコーチのポール・コーエンの目に留まります。ジュニア大会で連勝を重ねた彼女は、スポーツエージェントからも契約を持ちかけられますが、娘達に過度なプレッシャーをかけたくないリチャードはそれを断ってしまい、コーエンとは意見の相違から別れます。
 その後、姉妹はリック・メイシーが経営するテニス・アカデミーに参加することになり、一家でフロリダに転居します。しかし、リチャードは姉妹に子供らしい時間を過ごさせるため、依然として彼女らをジュニア大会には出場させません。
 それから3年が経ち、同世代の選手がプロに転向する中、リチャードの方針は世間から批判を浴びていました。しかし、彼の方針はブレることなく、姉妹のテニスの才能に捧げられます。そして、遂にビーナスはプロトーナメントへの出場を果たします。

1. ウィリアムズ姉妹ってどんな人達?

 ウィリアムズ姉妹は、女子テニス界において、「世界一・史上最強の選手」と言われています。その戦績は凄まじく、2人合わせてグランドスラム(テニス世界4大大会)は30回優勝、5つの金メダル獲得という輝かしい功績を持つ最強のテニスプレーヤーです。姉妹共に40代でもなお現役で、2018年の全米オープン決勝ではセリーナと大坂なおみ選手が対戦し、勝利した大坂選手がセリーナと熱い抱擁を交わしたシーンが記憶に新しいです。
 また、起業家や投資家として、ファッションをはじめ、様々な分野のビジネスでも大成功を収めています。

2. 俳優の演技が素晴らしくて、リアリティーが高い。テニスシーンは臨場感がある。

 本作でリチャードを演じたのは、世界的俳優のウィル・スミスです。映画「メン・イン・ブラック」シリーズや「インディペンデンス・デイ」・「アラジン」などで、圧倒的な存在感と確かな演技力が定評です。
 また、妻のオラシーン役にはアーンジャニュー・エリス、ビーナス役にはサナイヤ・シドニー、セリーナ役にはデミ・シングルトンが起用されてします。どの俳優も実在の本人そっくりで、まるで彼らの「ドキュメンタリー映画」を観ているような臨場感がありました。エンドロールで本人映像が流れますが、役の完成度の高さには驚きました。
 さらに、作中のテニスの試合は熱く、その場にいるような臨場感がありました。特に、ボールをラケットで打つシーンで、一瞬スローモーションになる演出が良かったです。本人の緊張感が伝わってきました。物語の都合上、試合のシーンが全て映されることはなかったですが、もし時間が許すなら、もっと見ていたかったです。

 ちなみに、本物のウィリアムズ姉妹は、サプライズで撮影現場を訪問したり、LAプレミアのレッドカーペットでは、出演者と共に参加したり、俳優達とは深い交流が生まれたようです。(詳細は出典より。)

3. ストーリーは至ってシンプルなので、わかりやすい。

 本作のストーリーは、とてもシンプルでわかりやすかったです。史実より、「姉妹がプロテニスプレーヤーになる」という「ゴール」は予めわかっていますが、その過程がどうだったのかは知らなかったので、中々興味深かったです。

 上映時間は約150分と長いものの、余計な回り道や無駄な引き延ばしがなかったので、最後まで飽きなかったです。

 私は、ウィリアムズ姉妹の話を中学時代に英語の教科書で読んでおり、その最強ぶりには驚きました。しかし、父リチャードや母オラシーンの協力があってこその活躍だったことは知らなかったので、そこは本作を観て、見識が深まりました。

4. ウィリアムズ家の家人は個性豊か過ぎる!

 ウィリアムズ家を見ていると、基本的には陽気で、とにかく明るく、ポジティブな印象を受けます。そして、良くも悪くも、非常に個性が飛び抜けています。

 父リチャードは、基本ポジティブな性格で、妻や娘思いの人です。実は、彼はテニス未経験者です。そのため、プランは「独学」で考案していました。彼はこのプランより、「文武両道・礼儀を重んじること・周囲にバカにされてもめげない、折れない強さ」を娘達に伝えていました。
 しかし、プランを遂行することにはとにかく「頑固一徹」でした。そのため、常に暑苦しくて独善的な性格が目立ち、家族・コーチ・スポンサーなどを振り回してしまいます。
 ここは、アスリートの「名物親あるある」だと思います。一部の日本人アスリートの親御さんにもこういう人いますね(笑)

 母オラシーンは、そんな夫に振り回されながらもフォローし、いつも娘達のサポートに回っていました。娘達の練習に付き合ったり、メンタル安定に努めたり。「暴走」する夫に呆れ、時には叱りながらも、家族への思いはブレなかったです。
 最も、ウィリアムズ家の家人は、皆「エホバの証人」の信者でした。その教えより、「妻は夫につき従う」ことを貫いていたというのもあります。
 原題の「King Richard」というタイトルより、ウィリアムズ姉妹は、「父リチャードが育てた」という印象が強いですが、同時に「母オラシーンのサポートあってこそ」なのです。本当に、2人のスターは、この両親ら・家族なくしては生まれなかったのです。

 実は娘達は5人姉妹でした。ビーナスは第4子、セリーナは第5子で、2人は年子です。しかし、リチャードとオラシーンの子供はビーナスとセリーナの2人のみで、姉3人は異父姉妹です。
 だから、リチャードは、「血の繋がった」2人でこのプランをやりたかったのでしょう。※尚、作中では、リチャードの「息子」の存在も示唆されていますが、おそらく前妻の子で、一緒には暮らしていません。
 作中では姉妹全員がとても仲良しな様子がよく伝わってきました。正直、あの父のもとで、皆よくグレなかったなと思いました。

5. なぜ、リチャードは「ドリームプラン」を計画したのか?

 では、なぜリチャードはこの「ドリームプラン」を計画したのでしょうか?これには、当時の社会情勢や、彼自身の経歴が大きく関係しています。

 アメリカでは、「人種差別が撤廃」されてからも、差別問題は根深く残っていました。リチャードは子供時代、自分の「黒人系」というアイデンティティー故に、暴力や差別に晒される日々を過ごしていました。しかし、彼には「護ってくれる存在はいなかった」のです。(親も息子が受けた暴力から目を逸らした。) 
 また、彼らが住んでいた街はとても治安が悪く、違法薬物の売買が日常的に行われていました。また、白人警察官による黒人への暴力も、度々ニュースで報道されていました。だから、彼は、この社会で生きていくためには、娘達を護る存在でありたい、また娘達も強く生きなければならない、そのためにお互いが強くあらねばならない、という思いを抱えていたのです。
 そして、彼がテニスを選んだ理由は、「テニスは白人のスポーツ」のイメージを打ち破り、黒人系ら有色人種も活躍できる環境を作りたかったからではないかと思います。正直、姉妹が出場した試合では、相手の白人選手や観客の目線がとても冷たく、試合後の握手で嫌な顔をされたり、勝ったときに相手側の陣営があからさまに席を立ったり、姉妹の活躍を快く思わない人々が沢山いました。
 だからこそ、彼は姉妹がコーチからプロ入りを打診されたとき、「窓をくぐるのではなく、門から正面突破する存在になってほしい」と、正々堂々と勝負する姿勢を崩しませんでした。

6. リチャードから学ぶ「自己肯定感の高め方」と、「『健全な』スポーツマンシップ」とは?

 リチャードがプランの中で重視したことは、「自己肯定感を高めること」と、「『健全な』スポーツマンシップの心を持つこと」です。 
 前者は、姉妹へのポジティブでストレートな愛情表現からわかりました。試合前でナーバスになっているときは、「落ち着いて、自分を信じろ」と励ましていました。これくらいなら、リチャードでなくてもやると思いますが、以下のやり取りはとても印象に残りました。

リチャード:「世界一の親友は誰だ。」 
姉妹:「パパよ。」

 正直、かなり「こっ恥ずかしい」内容ではあるものの、ここまでストレートな愛情表現なのは逆に凄かったです。

 後者は、試合後の姉妹の態度を見て、リチャードが「矯正」していきました。初めの頃の試合後では、姉妹は自分達が勝利した後に、車の中で対戦相手の「悪口」を言ったのです。しかし、リチャードはそれを聞き逃さず、帰宅後に、ディズニー映画「シンデレラ」を見せます。常に冷静、謙虚なシンデレラの性格から、「勝者だからと調子に乗らない、敗者をバカにしない」ことを学ばせたのです。
 また、作中ラストのプロトーナメントの決勝戦では、ビーナスが相手のビカリオ選手に、「長時間の『トイレ休憩』による時間稼ぎ」をされました。彼女は善戦するも、後一歩及ばず敗北し、準優勝でした。
 ここはかなり「卑怯な」手を使われたことに腹が立ちますし、「正々堂々」と勝負したのに勝てなかった、という彼女の悔しい気持ちが私にもよく伝わってきました。しかし、リチャードは彼女にもビカリオにも怒りを見せず、彼女を褒めたのです。
 ここからは、「試合の結果を素直に受け止めること」や、「頑張った自分を褒めること」、「相手ではなく、過去の自分に打ち克つ」といったスポーツに対するポジティブなマインドが伝わってきました。
 ちなみに、リチャードは、姉妹が試合に臨む前に、対戦選手にもエールを送っていました。ここは良かった描写です。

7. アスリート育成に親はどこまで関わるべきか?また、「親が子供に夢を託す」ことの是非。

 この2つのテーマについては、ウィリアムズ姉妹の例でなくても、賛否両論だと思います。

 例えば、親の「スポーツ経験」は必須ではないと思います。経験者だから見えること、未経験者だから感じること、両者あるからです。
 また、本作は「子供のスポーツに親が関わることのメリットとデメリット」、両方に触れていたのは良かったです。前者のように、親子二人三脚で頑張れることはあります。しかし、後者のように親が関与しすぎると、第三者からの客観視を受け付けなくなり、ひいては親子関係が悪化することもあります。
 そして、「親が子供に夢を託す」ことの是非も問われていました。子供は親の所有物ではないです。親が、やらせたいことを決めたとしても、それを続けていくか否かは子供の意志です。本作では、「スポンサー契約のタイミング」で、ここが問われていました。親の意志ではなく、娘の意志で相手と交渉する、相手の要望を信じるだけでなく、自分たちも要望を出して、相手に聞いてもらう、でも決めるのは本人、ということが伝わりました。
 一方で、「若い芽を育てる難しさ」も描かれていました。ドラッグや不純異性交遊など、若いアスリートが道を踏み外す誘惑はとても多いです。名声を得るからこそ、これらに染まらないよう、本人も周囲も気をつけなくてははいけません。自立のタイミングって、本当に難しいです。

 結局は、「何が良くて、何が悪い」と言い切ることはできず、その子の特性や環境を見て決めることなんでしょう。

8. 「目的」と「手段」を取り違えてしまう危険性も描かれている。

 一方で、「『目的』と『手段』を取り違えてしまう危険性」もしっかり描かれていました。

 リチャードが姉妹を「世界チャンピオンにする」という「目的」を達成したいが故に、「プラン」という「手段」に異常なほど固執してしまう様子は、外野から見てて「不快」になってしまう程でした。しかも、途中までは彼はそれに無自覚でした。
 例えば、娘達にハードな練習を課している様子から、「児童虐待」を疑われて、隣人より警察に通報されたときは、「勉学には影響ない」と警察や児童相談員を追い返しました。
 また、娘達には「いつも謙虚であれ」と諭すのに、リチャード本人が「傲慢」で「尊大」になっていくのは皮肉でした。
 このように、リチャードがかなり「毒親」な行動を取るため、途中まで彼には何度もイライラさせられました。コーチやスポンサーなど、他のキャラもイライラしていました。しかし、これも作中では「折り込み済み」なんでしょう。リチャード本人は、「共感できる」キャラとしては描かれていないので。実際のリチャード本人も、かなり破天荒親父だったようです。

9. 本作は、主に「ビーナスの物語」である。

 本作は「姉妹の物語」てはあるものの、主に姉ビーナスに焦点が当てられています。彼女が14歳でプロデビュー戦のバンク・オブ・ウエスト・クラシックの決勝戦を終えたところで完結しました。
 妹セリーナについてはもう少し知りたかったですが、物語の配分としてはこれで良かったと思います。 

 リチャードは、ビーナスを「世界一の選手」と呼び、セリーナを「史上最強の選手」と呼びました。お互いが「オンリーワン」だと。翌年に、セリーナもプロへ転向しています。

10. 字幕監修に伊達公子さんの名前があった。

 エンドロールラストには、本作の字幕監修として、プロテニスプレーヤーの伊達公子さんの名前がありました。
 ELLEでの、「親が子をコーチするメリット・デメリット」というインタビュー記事は、中々興味深かったです。(詳細は出典より)アスリートだからこそ気づく点が書かれており、とても勉強になりました。
 もし、他にも現役アスリートや、元アスリートの方が本作をご覧になっていたら、是非ご感想を伺いたいです。

出典: 
・映画「ドリームプラン」公式サイトhttps://wwws.warnerbros.co.jp/dreamplan/

・映画「ドリームプラン」パンフレット

・ELLE テニスプレーヤー伊達公子さんが語る 親が子をコーチするメリット・デメリットhttps://www.elle.com/jp/culture/movie-tv/g39117710/the-parents-who-coach-their-own-children-good-or-bad-220223/?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=post_tw_el_20220224&utm_content=photo

・ウィル・スミス主演『ドリームプラン』LAプレミアにウィリアムズ姉妹も登場https://s.cinemacafe.net/article/2021/11/18/75851.html

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