【19】朝散歩でお姫様抱っこ
「いいから、分かったから、おろして」
朝の散歩中に突然「ちょっとやってみよう」と夫に抱えられ小声で頼んだ。がん告知を受けた時に67Kgだった私は、食事療法で53Kgになっていた。
付き合い始めの頃ウエディングドレスを着たいか問われ、お姫様抱っこが可能な程に軽くなれば着てみたいと笑っていた私は、当時かなり、いやだいぶぽってりしていた。その頃の話を持ち出して軽くなったしやってみようといきなり抱えられ身体が浮く。早朝で人が少ないとはいえ公道である。どうでもいいがアラフィフである。
「わかった、抱えられた。おろして。」
全身が、特に顔が熱くて一刻も早く地上に足を付けたい。夫は普段腰が痛いとか言ってたはずなのに「照れてる」と楽しそうに笑い、ようやく私の言うことをきいてくれた。ちょうど桜の時期、この数日は散歩コースでウエディングフォトを撮影しているカップルを見かけていた。
いいね、写真撮ってもらうの、いいかも
私は単純に嬉しくなって、治す励みにしよう、軽さをキープしたまま体力づくりをしなくちゃ、ドレスじゃなくて和装もいいかも、なんて能天気に浮かれて笑っていた。
夫が私たちの共通の友人である県外在住の女性フォトグラファーに連絡を取っていたと後から知る。彼女が写真を担当し私が記事を書く仕事の相棒でもあった。夫は私が楽しいと感じること、気が晴れることを用意しようとしてくれていたのか。人工肛門造設手術拒否、抗がん剤拒否、病院に背を向けた私の前にウエディングフォト人参をぶら下げ、病院での治療を受けるよう促す作戦だったのか。
私の覚悟と別の方向で、夫も覚悟を決めていたと知るのはだいぶ先のことだった。
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