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長嶋有さんのNHK俳句私的年間ベスト10

2019年度のNHK俳句第2週、選者が長嶋有さんの回が大好きでした。

具体的な方法を紹介しながら俳句の新しい面白がり方を実践していく様子が実にエキサイティングでした。ゲストのキャスティングも毎回素晴らしかったです。岸本葉子さんの安定した司会っぷりと品の良さも好きでした。句のフォント、人物紹介のフォント(昭和のNHKフォント)にもこだわりが感じられました。

2020年3月の最終回では、長嶋さんの選ぶ年間ベスト5、ゲストの岸本尚毅さん、司会の岸本葉子さんそれぞれの年間ベスト3の発表がありました。

長嶋有さんのNHK俳句の録画はすべて残してあります。あらためて全12回の放送を見直したわたしの年間ベスト10を発表します。

第10位

目借時どの合同を使おうか 
 三重県松阪市 板倉一光(4月・入選)

合同を使うという言葉を高校卒業以来はじめて耳にしました。ちょっと眠いけどこのくらいの証明問題なら余裕で解いちゃうよ、どの合同を使っちゃおうかな〜みたいなインテリの句とお見受けしました。ササるひとにはササる俳句。そんな句をNHK俳句の初回に入選句として選ぶ長嶋さん、すごいです。

第9位

玉葱や妻には妻の刻み方
 神奈川県横浜市 豊岡重利(6月・入選)

長嶋さんいわく、「妻が、母が、娘が玉葱を刻む、あるいは父がたまにカレーを作るみたいな句はたくさん投句があったけど、この句は夫も同じくらい料理している。女性だけが料理をするのではない、新しい時代の俳句」とのこと。むかし『崖の上のポニョ』を観たときに、老人ホームが舞台になっているのがあたらしいと思いました。そんな感覚。あたらしい時代の価値観が自然に出ている句っていいなぁと思います。

第8位

社長は年下ポインセチアの鉢を拭く
 福岡県福岡市 馬場崎智美(12月入選)

社長室のポインセチアの鉢を拭く平社員という設定だと思いました。年下とわざわざ言うくらいだから、大きな歳の差ではないのでしょう。ポインセチアの鉢はポーズとして拭いているだけで、実は社長を観察しているような気がしてきます。この回のゲスト稲垣吾郎さんが「この人は社長に恋しているのでは」とおっしゃっていたのも印象的でした。ドラマを想像すると楽しい句。

第7位

凧落とし猛禽のごと連れ帰る
 香川県まんのう町 眞鍋航(2月・入選)

自分の凧を落としたという意味と、喧嘩凧で相手の凧を落としたという意味と両方とれるようです。後者の場合、より猛禽という感じがでてきます。凧が自分のコントロールを離れて、生命が宿ったように感じる瞬間を描写したことがすごいです。連れ帰るという措辞から凧(猛禽)が暴れ出しそうな気配もしてきます。

第6位

よく笑ふから雪女ではないな
 福岡県福岡市 松本逸朗(1月・3席)

雪深い村で車が立ち往生し、たどりついた定食屋に女がひとり。もしかしたら雪女‥‥?しかし何を言ってもけらけらとよく笑う女に男は安堵してつぶやく。「よく笑ふから雪女ではないな」と。実在しない季語で一句を作るときに、日常の感覚を混ぜ込むことでおかしみと親しみが生まれるというお手本になるような句だと思いました。実は雪女に騙されているというオチがみえる気がします。

第5位

大関に若き親ある小旗かな
 愛知県北名古屋市 堀部一良(8月・入選)

スポーツ選手が年々年下ばかりになっていき、自分と同い年の選手が「ベテラン」などど言われていると、少なからずぐっとくるものがあります。この句ではその親まで若い(年下)ということがユニークです。小旗という具体的なものを示したことで、小旗を振る若い親の姿がよく見えてきます。振り方もなんだかきゃぴきゃぴしていそうです。個人的には大関貴景勝のお母様を思い浮かべました。

第4位

冷房や絵を観る人を視る仕事
 秋田県由利本荘市 松山蕗州(7月・入選)

美術館の四つ角に座っている、あの無表情なスーツの人を俳句に詠むなんて新鮮です。絵を観る人と、仕事でそれを視る人とどちらにも行き渡る冷房。「観る」と「視る」とで漢字を使い分けているところも巧みです。しーんとした美術館の空気まで感じることができる無機質な一句で大好きです。

第3位

神の旅はやく着きすぎてもアレだし
 埼玉県 畑和博(11月・1席)

飲み会のとき集合時間のどれくらい前に到着するかは重要な問題です。早く到着してしまい、微妙な知り合いと開始時間までの時間を過ごさなければならないのはかなり気まずいものです。一年に一度神様たちが出雲大社に集まるときの、とある神様の心情がそのまま一句になっています。知らない人(神)と二人きりになったら気まずいと思い、もどって富士山を見て時間をつぶしている神様を想像しました。妄想のスケールが大きくて楽しいです。

第2位

神の旅まどかではわたしはここで
 三重県津市 涙雨(11月・入選)

長嶋さんのNHK俳句のお題は一風変わったものが多かったけれど、入選句をみるうちにそのお題のことがとても好きになっていることが多くて、「蛙の目借時」「蚯蚓鳴く」「神の旅」どれも好きになりました。神の旅が円満に終わろうとしている。「ではわたしはここで」とお付きの者が神に別れを告げる。人間の視点、神の視点をジャンプして、お付きの者の視点で句を詠む発想がすごいです。一句を包むおだやかな雰囲気がとても好きです。岸本葉子さんが「辞世の句のようだ」と言っていたけれど、実は作者さんはまだ10代だったと長嶋さんがなにかに書いていたように記憶しています。

第1位

冷房やフローリングの溝の終
 滋賀県大津市 杉谷竜平(7月・入選)

冷房の効いた室内でフローリングの床に寝転がって、床の冷たさと硬さを感じている。フローリングの溝を目で追っていくと、壁にぶち当たり当然溝もそこで途切れるーーーこれは殺風景な一人暮らしの部屋だろうと思いました。一人暮らしの部屋は一軒家や分譲のマンションに比べると造りがかなりしょぼい。冷房、フローリングで部屋の印象が決まってしまう。長年抱いていた一人暮らしの部屋の物足りなさというものを代弁してくれたかのように感じた一句でした。長嶋さんによると90年代っぽさを感じる一句とのこと。

長嶋有さん、岸本尚毅さん、岸本葉子さんの年間ベストがこちらです。

長嶋有ベスト5
1位 
ありがとーポインセチアの向こうから
 埼玉県所沢市 小杉昭(12月・1席)
2位
中辛の思はぬ辛さ漱石忌
 神奈川県川崎市 折戸洋(11月・2席)
3位
後期高齢クーラー嫌い夏嫌い
 埼玉県春日部市 九法活惠(7月・1席)
4位
要するに今や蛙の目借時
 東京都日野市 小川美津子(4月・1席)
5位
こんこんと雪女にもつもるらむ
 神奈川県川崎市 和泉まさ江(1月・1席)
岸本尚毅ベスト3
1位
米寿なほ会ふ人多し目借時
 千葉県成田市 神郡一成(4月・入選)
2位
若冲の鶏玉ねぎを蹴散らせり
 福岡県直方市 種子野哲雄(6月・2席)
3位
大関に若き親ある小旗かな
 愛知県北名古屋市 堀部一良(8月・入選)
岸本葉子ベスト3
1位
こんこんと雪女にもつもるらむ
 神奈川県川崎市 和泉まさ江(1月・1席)
2位
マーガレット歩く人しか来ない道
 山梨県甲府市 村田一広(5月・入選)
3位
昔からゐたやうにゐるかまど馬
 東京都式根島 曽根新五郎(10月・2席)


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