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医療とは

年末年始の慌ただしさや寒暖差がたたって、1年ぶりに風邪をひいてしまいました。仕事休みで、気が抜けたのかも知れません。

1年前は、コロナの可能性もあり、至急の診断が必要だったので職場近くの初診の病院に診察をお願いしたところ、車中のまま看護師から綿棒を鼻に突っ込まれ、検査の結果陰性となり、症状に応じたお薬をいただくことができました。
コロナがまだ2類の時だったので、医師との面会もなく、病院に足を踏み入れることもなくお薬を処方されて診察が終了したことに違和感は感じましたが、状況的に致し方ないとも思っていました。

今回、自宅近くのかかりつけ医に向かうと、先ず咳や熱症状があるひとは病院内に立ち入らないで、電話をかけてくださいとの立札が目につきました。指示通り連絡すると、症状を聞かれ、「医師に受診可能かどうか聞いてみますので、折り返しの電話をお待ちください」と言われ、病院の駐車場で15分ほど待っていると携帯が鳴り、「医師が受診してくれるそうです。ただし、今日は患者が多く、1時間後に来院してください。」という返事をいただくことができました。

1時間後病院に到着し、電話を掛け来院の旨を伝えると「分かりました。そのまましばらくお待ちください。」との返事。やはり15分ぐらい待っていると「どうぞお入りください。」と許可が下り、漸く病院内に入ることができました。

確かに患者は多く、10人余りはいたでしょうか。皆一様に静かに携帯を見たり、院内のTVを見ています。

そこで、10分少々待って中に呼ばれると、患者の私の顔を見ることなく、もちろん触診もなく、喉を看ることもなく、症状を聞かれ、咳止めと風邪薬と解熱剤と書かれた処方箋をいただきました。
医師はずっとカルテを見ながら、薬の名前を書き込んでいます。多分1分余りの診察だったと思います。

そういえば、そのかかりつけ医は何年振りかの受診なのに、問診票さえ書かされることはありませんでした。
これが今の医療の実態なのですね。

自ら医学者であり解剖学者である養老孟子さんが、
「医者が預言者になっている。」
と言っておられましたが、預言者にもなっていない医師の姿を間近で見て、つくづく今の内科医って何なのだろうと考えさせられました。子どもたちがまだ幼かったころ、高熱を出して小児科に行くと、お医者さんがニコッと子どもに笑いかけてくださって、それだけで親子で安心できたりしたものですが。

「医は仁術」と云いますが、患者を拒否する、見ない医療って何なのでしょう。

一方、末娘は都会でICLの手術を受け、「見える!見えるぞー!」と喜びのメールを送ってくれました。全然痛くなかったとも。これで長らく(乱視も入っていたので)毎月の生活費を圧迫していたコンタクトレンズ生活ともおさらばのようです。

こういう医療は生活をより快適にしてくれ、きっと彼女のQOLも向上していくのではないかと思います。

医療を否定する気持ちはさらさらありませんが、生きている以上いずれ医師のお世話になる可能性を持っている弱者の身としては、今回の出来事は考えさせられるところが大いにありました。

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