よくあるはなし

8月になってしまった。
蝉の声や、うだるような暑さとたまに吹く風で夏の空気を感じ、安くなったスイカを見つけ、嬉しくなる。スイカを一口かじっては夏の甘美な思い出と共に幸せを噛みしめる。
相変わらず私はなんてことない日々を送っている。

やる気はどこかへいってしまったようだ。

あまり過去には執着していないが、最近は頻繁に思い出す。夏だからだろう。
初めての人のことを。

高校生の時にナンパされて知り合った人は自らを”ケイ”と名乗り、それ以外のことを聞いても軽くあしらわれ、明らかにしなかった。なぜかはわからない。もしかしたら既婚者だったのかもしれないし、犯罪者だったのかもしれない。教えてくれたことといえば、実家が私の家と近かったこととホストをしていて、ナンバーワンになったことくらい。その辺の記憶は曖昧だ。

私はそんな何者かわからないケイに次第に惹かれていった。
田舎で平凡に生きてきた女子高生が、イケメンの謎めいた男性に惹かれるのはよくある話だろう。

「会いたい」

この一言だけで私は浮かれていた。

彼が世に言う”クズ男”だったということには違いないと思うが、感覚的な記憶が強烈に脳裏に焼き付いている。

彼と出会ったのは夏だったような気がする。
昼に会うことは少なくて、夜中に連絡がきては家を静かに抜け出し、彼と会っていた。彼の声、細くて白い身体、匂いや肌の滑らかさ、唇の感触、10年以上経った今でも鮮明に覚えている。
一度だけ昼に彼の家に行ったことがある。それも夏だ。暑苦しい畳の部屋、扇風機、ものが散乱した中で情事に耽った。夏になるとそんなことを思い出しては身体が疼く。なんだか官能小説のようにもなってしまったが、純粋に彼のことが好きだった。彼からしてみれば私はただの”都合の良い女子高生”というのもわかっていたのにどうしても嫌いになれなかった。

そうして互いに連絡をとることもなくなった。

彼は今どうしているんだろう、そんなことを夏になるとふと考えてしまう。
彼の連絡先は知る由もない。
よくある話かもしれないが、彼との感覚的な記憶は私の大切な夏の思い出だ。


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夏の思い出

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