「むらさきのスカートの女」を読んだ感想とか
最近「人間の怖さ」にハマっている娘が読みたいというので買った「むらさきのスカートの女」せっかくなので、私も読んでみました。
ネタバレに配慮しながら、感想を書いてみたいと思います。
どんな本だった?
「むらさきのスカートの女」どんな話かというと、
初めかから終わりまで、とにかく、ある女(主人公)がある女(むらさきのスカートの女)のことが気になって気になって仕方がない、というお話です。
気になって仕方ない、というか、毎日毎日、朝から晩まで、何をしているのか調べてしまう、犯罪レベルの執着です。
そのわりには、直接声をかけたりはしない、そんなに気になるのなら「こんにちは」と声をかけたっていいものなのに、ひたすら、「むらさきのスカートの女」が何をしているのか、いま、どこで働いているのか、働いていないのか…気になって気になって仕方がないのです。
この本の読者は、なぜそんなに執着するのか、その狂気ともいえる執着が今後、どこへ向かうのかに引き込まれていくことでしょう。
私が共感した部分
私が、この本を読む中で共感した部分は「女の集団の怖さ」です。
この本の中で「むらさきのスカートの女」はパートとして清掃の仕事に就きます。
そこで働く女たちの言動がもう…。
40代主婦である私も、パートは経験していますから、この本を読んで「おー、あるある。こういうの、ある!」と大きくうなづきながら読みました。
清掃のパート先に現れたばかりの「むらさきのスカートの女」は最初、清潔感がなく、不健康に痩せています。
パート先の先輩は、それを見て口々に優しい言葉をかけます。
女の優しさは、余裕、優越感です。
「むらさきのスカートの女」よりも自分の方が余裕のある生活をしている、幸せだと確信があるから、優しくできるのです。
そして、仕事に慣れてきた「むらさきのスカートの女」が清潔感と健康、余裕を身につけると、あれほど優しかった先輩たちはあっさりと態度を変え、本当かどうかもわからない噂話や悪口で盛り上がるようになります。
女の嫌悪、憎しみは嫉妬です。
私は、これまでこういうの、散々見てきましたし、人前では隠していますが、私の中にもそういう気持ちはあります。
そして、正社員の世界よりも、非正規パートの世界の方が、こういう気持ちがえげつないほどあからさまに表れるものです。
衝撃のシーン
「むらさきのスカートの女」に対するパート先の先輩たちの嫉妬が爆発する場面は衝撃です。
いやこの場面、本当にリアル。
ある、あるのよ。女のむき出しの感情が爆発する時、だいたいこういう状況になる。
女なら誰もが経験あるであろうこの場面、胸糞悪いのですが、どこか納得のいく展開に私は安心感すら覚えました。
私が見つけた答え
さて、この本には最大の謎があります。それは「なぜ、ある女はある女のことが気になって気になって仕方がないのか」という疑問です。
物語の序盤、「むらさきのスカートの女」は清潔感がなく、不健康で、貧乏です。普通に考えて、人が憧れ、好感を持つ対象ではありません。
が、主人公は「むらさきのスカートの女」に狂気ともいえる執着をみせます。それはなぜか…、その答えは、読者が自分で見つけるのだと私は思います。
私の中で出た答えは、主人公は「むらさきのスカートの女」と同化したかったのではないか、というものです。
人は自分とかけ離れたものには親近感を覚えません。
自分と似ている、しかし、自分よりも更に惨めで、それ故に子どもたちからからかいの対象にまでなっている「むらさきのスカートの女」。主人公はそんな女と同化して、そこから見える景色を感じたかった。そこには何があるのか、自分をからかう者に怒りを感じるのか、すべてを諦めているのか…。
自分の方がまだマシなのか、それとも自分の方が更に惨めなのか、そこを確認したかったのではないか、と私は思います。そんなことのために他人に執着して、毎日毎日、朝から晩まで何をしているのか観察する。狂っている、とも言えますね。
しかし、その狂気、私にも確かにある、私にはその自覚が一番怖かったです。(たとえ気になる人がいたとしても、私は、ストーカー行為はしませんが…)
以上が私が「むらさきのスカートの女」を読んで感じたことや考えたことです。読む人によっていろいろな違いがあると思います。ぜひ、この本を読んで何かを感じて、そこから何かを考えてほしい、と思います。とってもお勧めの一冊です。
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