第32話 どうして星はついてくるの?
毎日十八時を目指して学童に息子の迎えに行く。それから息子を連れて今度は保育園へ娘の迎えに行く。冬の季節はもう真っ暗で夜である。息子が空を見上げて言う。
「星が見える。たくさん見えるよ」
そうだねえ。移住した土地は都心と違って空が暗いから星がよく見える。それだけじゃない。高い建物がないから見渡せる空が広いということも手伝っている。星がたくさん見えていいね、とぼくが言う。
「ねえお父さん。どうして星がおれのあとついて来るの?」
うん?そうだねえ。それからぼくは考える。
「行っても行ってもついてくるんだよ」
うん、そうだねえ。そうだねえと言いながら時間稼ぎをする。
「ねえなんで。教えて」
そうだねえ、キミと遊びたいからじゃないかな?
苦し紛れで模範解答とは言い難いこの返答に案外息子は納得したようだった。
「おれのこと好きなんだね」
そうだねえ、キミのこと好きなんだよ。
保育園で妹をピックアップして帰り道、今度は正面に月が煌々と顔を出している。すると娘がこう言った。
「お父さん。なんで月がわたしのあとついて来るの?」
兄弟だなあ、キミたちは。
そうだねえ、とぼくは言う。キミのこと好きなんじゃないかな?
「お月さまわたしのこと好きなの?」
そうだねえ、そうなんだねえ。好きなんだよきっと。
「だからついてくるの?」
うん、きっとそうなんだねえ。
自宅のある路地へ入ると息子が言った。
「急に星が見えなくなっちゃった」
道幅が狭まってその分空が狭くなったのだ。
「おれ家に帰りたくないよう。雑木林で暮らしたい。そしたらずっと星見てられるじゃん」
そうだねえ、でもそれにはちょっと寒いんじゃないかな。実際はちょっとどころじゃない寒さだった。ぼくは一秒でも早く室内に入りたいのに息子は寒さよりも遥か彼方に輝く星を眺めていたいと言った。
星も月も影に隠れてしまうと子どもたちの興味は別のところへ移ったようだった。だから普段から見えているって大事なんだなって思った。ないものに興味を持つことはできない。広い空があり、駆け回れる野山が近くにあることがどんなに大事なのか、追いかけてくる星に心を奪われた子どもたちを見て改めてそう思った。
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