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宇宙を掌握する。

社会人になって4年目。この位になると、周囲から求められるレベルが高くなる。そんな荒波をこれから幾度も乗り越えないと評価されない。評価されないと生き残れない。社会とは、厳しく冷たいものだ。私も、そんな荒波に揉まれ始めた1人だった。

「ううん……はあ……。今日も一日乗り切った…………。」

終電で帰り、家の鍵を開ける。
仕事から帰った私は、浴室に向かう。私は帰ったらまず、お風呂に入る。なので、何よりも早く、浴槽のお湯を貼る習慣になっている。

お湯が入るまでの間、来週のプレゼンの話す内容を少しでも考える。あれこれ、ああでもないこうでもないと悩み、アイディアが浮かんだらメモをして、そうしている内にあっという間にお風呂が沸いた。

洗面所の戸棚から、先日購入したバスボムを取り出す。若い女の子に人気のブランドの物で、名前は、『インターギャラクティック』。宇宙へ一線、という謳い文句が付いたバスボムだ。なんでも、お湯に反応すると色を変えながら溶けていき、キラキラした星空の様なお風呂になるという。

バスボムを湯船に放り込む。お湯が泡だち、やがて水面にピンク色が広がった。

『初めはピンクの泡がたちますけど、それは夕暮れの空をイメージしてるんですよ。』

このバスボムを購入した時、店員さんが得意げにそう教えてくれた。やがて、泡が消え、徐々に深いブルー色にお湯が染まり始めた。その様子は、まるで空一面に広がる雲の切れ間から覗く、夜空を見ているようだった。

湯船に浸かってみる。身体を湯の中で動かす度、ラメが星のように煌めく。

「ほんと、宇宙に身体を浸している様だわ。」

お風呂の中に宇宙が拡がっている。それをまじまじと見て、現実の物として確かめてみる。すると、宇宙がこの手の中にある、そんな感覚になり、可笑しさと愉快さが込み上げてきた。宇宙が手に入るなんて、無限の可能性を掴んだかのように思えてならなかった。

「宇宙なんて手に入ったら、きっと、なんでも出来ちゃうわね。私。」

しかし現実は、そんなに上手くは行かない。
私はいつ、結果を残せるだろう。どうやったら認められるのか。そもそも、生きている間に、そんなに大層な人間になれるのだろうか。

『まあ、評価なんて呆気なく変わるよ。その時は認められなくても、誰かがその正しさに気付いて少しずつ周りに伝わる。するとどうだい。新時代には、「当たり前の事柄」になるのさ。ガリレオ・ガリレイの地動説みたいにね。』

遠い昔に、誰かに聞いた言葉を、ぼんやり頭に浮かべながら、そんなに長く待てないわよ。と、心の中で悪態を付いて、私は湯船から出た。

お風呂の栓を抜くと、宇宙は排水溝の中に吸い込まれて、消えた。

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