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友達が夜職をはじめたらしい

久しぶりに会った友達が夜職をはじめていた。

私は夜の仕事に代表されるような「現代の性を切り売りする仕事」というものがビジネスとしても個人の生き方としても好きじゃなくて、そういうのは即効性も遅効性も兼ね備えた強力な麻酔である気がしてならない。職業の貴賤みたいな話をしているわけではないし、顕在化しているか否かに関わらずそこに「需要」があればビジネスが生まれるんだってことも分かっているけれど、これは単純な好き嫌いの話なのである。

現代の性産業は、純度が低い。職業としての栄養価は、スナック菓子くらいまで下がっているんじゃないか。加えて、決して使用の認められていない添加物がじゃぶじゃぶ使われているし、にもかかわらずCMがバンバン打たれているみたいな状況だ。

それで、個人的に「中期にわたって精神にじわじわと悪い影響を与えそうな強くて嫌な予感」がするので、友達が安易に「夜職はじめようかな」などと言っていたら、個人的に、基本的には考え直してもらう方向に誘導を試みるのだけれど、何人か「この子は夜職が向いていると思うし、場合によっては、その仕事と『埋め合う』みたいな関係になるんだろうな」と思う友達がいる。この友達はまさにその一人で、夜の仕事をはじめたと聞いて「やっぱりそこに行きついたのか」と妙に納得してしまった。

仕事と「埋め合う」という言葉選びは、我ながらぴったりな気がする。「埋めてもらう」でもなくて「埋め合う」って感じがする。なぜかすり減らない、性を売ることで「与えられる」人たちがいるんだよな。なんでなんだろう、どこらへんが「埋め合っている」印象を与えてくるんだろう、と思いながらその友達の話を聞いていた。

書いてて気付いたけど、性産業自体を否定したいわけではないんよな。やむを得ず働いている人を否定したい趣旨でもない。女性という「性別」ばかり取り立てて強調する(・強調してくる)人はその属性にかかわらず嫌いだし、「性を売っている人」と年齢や性別で一緒くたにまとめられれば強く抵抗するし、その範囲を女性一般に広げてくる風潮には極めて強い嫌悪感がありますが。

今日書いたのはSDGs的な観点なんよな。反社の人らがやっているお店でご飯を食べる気にはならないし、SHEINで服を買わないのと同じようなもので。

現代の性産業には賛同できない。けれど、個人単位で見ると救われる人がいるんだなぁと思いました。

かなり抽象的に書いてしまったので、また改めて考えます。

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