見出し画像

石戸諭氏著『ルポ 百田尚樹現象』を読んで

石戸諭氏著『ルポ 百田尚樹現象』を読んで

 大変面白い本だった。この本を見たとき、ぜひ読まなくてはと思った。例えるなら、カレーに唐揚げとハンバーグがついたような、マクドナルドで昔売られていた「クォーターパウンダー」のような、そんなボリュームのある本に僕には見えた。

 この本を語るには勇気が要る。その理由は、第一に、正面からイデオロギーの右左を扱った本だからである。また、この本を語る書評も読み応えのあるものが多いからである。その中にこの感想文も入るのだと思うとなかなか気が重い。しかし、やれるだけはやってみようと思う。

 僕自身の百田尚樹氏の評価は是々非々である。『永遠の0』は小説・ドラマ・映画ともにエンタメとして最高の作品であったし、『海賊と呼ばれた男』も、戦後の石油産業をテーマにした面白いエンタメ作品であった。やや苦言を呈するとすれば、『海賊と呼ばれた男』にはややブラック企業賛美の傾向があったくらいである。僕には『永遠の0』が戦争を賛美しているとは思えなかった。むしろ反戦の傾向すら見て取れた。(百田氏とはあまり関係ないが、『海賊…』『永遠…』でともに主演を務めた岡田くんはかっこよくて肩幅が広かった。)ちなみに、恥ずかしながら僕が読んだ百田氏の小説は『海賊…』『永遠…』のみであることは付け加えたい(一応『日本国紀』も読んだが、これを小説と呼べるのかはいささか疑問である。ただ、日本の歴史をベースにした疑似世界を舞台にした小説と読めなくもない)。

 しかし、彼のツイッターやいわゆる右派論壇での主張は全くもって酷いものである。彼の主張は、ネトウヨ(ネット右翼)に典型的な反中・反韓、反リベラル、反朝日新聞そのものであり、見ていておなかいっぱいという感じである。以下のツイートを見れば、彼がどストレートな反韓国・反リベラルのヘイト発言をしていることは一目瞭然であろう。

https://twitter.com/hyakutanaoki/status/1080686864854482944?s=19

『はっきり言います!
韓国という国はクズ中のクズです!
もちろん国民も!』
2019/1/3


https://twitter.com/hyakutanaoki/status/516113929617948672?s=19

『土井たかこが死んだらしい。彼女は拉致などない!と断言したばかりか、拉致被害者の家族の情報を北朝鮮に流した疑惑もある。まさしく売国奴だった。』
2014/9/28

また、歴史修正主義的な主張も目に余る。代表的なものとしては、慰安婦強制連行否定説、南京事件の否定(百田氏自身は「南京大虐殺はなかった」という旨のことを主張しているが、その主張の内実は『日本国紀』を見てみるに、中国政府が主張している南京「大虐殺」の否定のみならず、日本政府も認めている南京「事件」の否定である。百田氏は、南京事件論争における「まぼろし派」に近い主張をしている。)、「WGIP(War Guilt Information Program)」なる計画によって戦後日本人が「洗脳」されたという主張などが挙げられる(確かに、戦後間もなく日本ではGHQによる検閲がなされたが、それは「WGIP」の名のもとに行われたものではない)。事実、『日本国紀』にも上のような主張がここぞとばかりに展開されている(ネトウヨの代表的な主張を総覧するという意味で『日本国紀』を読めば、それはそれで面白いかもしれない。学術的な意味は全くないが。)。

 そんな百田氏に迫ったのが『ルポ 百田尚樹現象』である。この本の中で、石戸氏が、百田氏を右派論壇へ誘った編集者の花田紀凱氏や、『日本国紀』も手がけたとされる幻冬舎の社長の見城徹氏にインタビューができていることに驚いた。両氏ともあまりメディアのインタビューには答えないからである。見城氏は、「『日本国紀』が売れるのが気に食わないのであれば、左派も売れる通史を書けばいい」という主張をしていた。編集者出身の彼らしい、売れることが全てだという主張である。ただ、この「売れることが正義だ」という考え方がヘイト本(中・韓・リベラルをしゃにむに批判する本)を量産してきた体制を温存してきたのであり、出版社としての矜持はないのだろうかと思えて仕方がなかった。

 また、意外だったのが、百田氏が「大東亜戦争」という呼称にこだわっていないことである。「太平洋戦争」と呼んだほうがウケるのであればそれでいいという旨の主張であった。ここでも「売れることが正義」という主張を見て取れた。そして、百田氏が自身を右派論客とみなしていないことにも驚いた。大村愛知県知事のリコールの会見で高須克弥院長や竹田恒泰氏らと楽しそうに写真を撮っていたのにも関わらず自覚がないのか、と呆れた。あくまで百田氏は「おもろい大阪のオッチャン」として振る舞っているだけなのかと感じた。

 繰り返しこの稿でも述べているとおり、百田氏らに貫徹しているのは「売れることが正義」という価値観である。笑って、怒って、感動するような、感情を揺り動かされる話はウケる。『半沢直樹』の大ヒットに象徴されるように、みんなスカッとする話が大好きなのだ。関西の恋愛番組『ラブ・アタック』で世に知られ、『探偵!ナイトスクープ』で放送作家を長年務めてきた百田氏は、何が面白く、何をすればウケるかを分かっているのだ。百田氏はウケると分かれば自身の小説の中では右派イデオロギーを簡単に着脱するし、花田氏も、自身が編集した/する『WiLL』/『Hanada』の中で、氏と意見が異なることも多い爆笑問題の二人に連載を持たせていた。また見城氏も、自身が社長を務める幻冬舎で、重信房子などの左派的な人物の著書も多数出版している。彼らの中では「売れる」「ウケる」ことが重要なのである。
 
 一方、本の後半では、歴史を遡って『新しい歴史教科書をつくる会(つくる会)』の運動について取り上げている。

 つくる会は、まさに歴史修正主義のアベンジャーズのような集まりだった。アベンジャーズは、神、実業家、兵士、元スパイというような背景が全く違うヒーローたちが団結して戦うアメコミ映画シリーズ(コミック版も有名であるが、ここでは映画としておく)である。つくる会は、独立志向の強い当時人気絶頂の漫画家の小林よしのり氏、戦後の思想界で生き残ってきた西尾幹二氏、そして元共産党員で東京大学教授(つくる会結成当時)の藤岡信勝氏らによって結成された団体である。彼らは、いわゆる自虐史観(日本の加害の歴史を強調する歴史観)から解放された自由な考え方(彼らはそれを「自由主義史観」と呼ぶ)で歴史を捉え、その考え方に基づいて教科書をつくり、教育をしていこうという主張をしていた。

 つくる会の主張には、左陣営からは若干の反論が加えられたが、ほぼ黙殺されていた。僕は、ここから右派独走(ぶっちぎりで断トツ、という意味ではなく、文字通り孤独に走っている)状態が始まったと考える。それこそたられば論、歴史のif論になってしまうが、左派と右派の間で頻繁にとまではいかなくてもある程度のコミュニケーションができていれば、右派と左派が互いに罵り合うような今のネット空間のような状況はある程度回避できたのではないかと思う。論壇というものを僕は詳しく知らないが、論壇が活発で建設的な意見を交わす場になりきれなかったのも良くないのではないかと思う。「朝まで生テレビ!」のような論壇プロレスも大いに結構なのだが、互いの共通点や相違点を見つけ、互いの考えを磨いてより洗練されたものにしていく努力が何らかの形でなされるべきだと思う。

 また、つくる会のメンバーは「思い」「信念」があって行動した。その思いの是非はともかくとして、「自虐史観の超克」という信念を持って運動をしていた(勿論、『戦争論』『教科書が教えない歴史』の大ヒットも彼らが運動を続けられた要因の一つではある)。「思い」「信念」で動くつくる会メンバーと「売れる」「ウケる」から右派本を作り続ける百田氏ら。同じ右派であっても、その行動原理は全く違う。石戸氏の言うとおり、両者には断絶があるように見える。

 確かに信念は大事だ。本を一冊書き上げるには(その真偽を問わず)何某かの信念が必要であるし、信念のない人間は薄っぺらい空虚な存在に見える。しかし、売れることも重要だ。新自由主義が蔓延り資本主義経済で動いているこの国は、何よりもまず売れることが重要だ。売れなければ人々の記憶に残らず、歴史の渦の中で忘れ去られていく。歴史学者の呉座勇一氏が指摘するような、珍妙な歴史学説を標榜する「俗流歴史本」の出現も問題だ。「ヘイト本」も目に余る。売れればなんでも言っていい訳ではない。やはり結局は、謙虚に作られた、後世の検証に耐えうる「正しく」て「売れる」ものを作り続ける努力が重要なのだと思うという凡庸な結論にたどり着いてしまう。

 百田氏への評価はいささか辛口になってしまったが、本は面白い。普段百田氏の本を手に取らない「リベラル」と自己認識している人たちに読んでほしい一冊である。ただ、この本が良いからといって、百田氏の主張を黙って聞いていれば良いという訳ではない。それでは、2ch創設者の西村博之氏(『ひろゆきさん、どうして「今の日本では“フェミニズム”って言葉を使わないほうがいい」のですか?』URL:https://www.google.com/amp/s/m.huffingtonpost.jp/amp/entry/story_jp_5e3cb7f5c5b6b70886fd0627/)やYouTuber集団「レペゼン地球」のDJ社長(『レペゼン地球・DJ社長に聞いた「あの、でっち上げセクハラ炎上、なんだったんですか?」』URL:https://www.google.com/amp/s/m.huffingtonpost.jp/amp/entry/dj-shacho_jp_5dae30e8e4b0422422ca2f4b/)、それに衆院議員の杉田水脈氏(『杉田水脈議員は、表現の自由と差別についてどう考えているのか?本人に聞いた。』URL:https://www.google.com/amp/s/m.huffingtonpost.jp/amp/entry/story_jp_5e858edec5b60bbd734f3daa/)にフェミニズムについて唯々諾々と意見を聞くだけだった某サイトと一緒である。石戸氏も百田氏に本書の中で、最低限反論すべきところでは反論している。売れるしウケるのだとしても、ダメなことはダメと言い続けることも重要なのだと思う。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?